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2006/01/28(土)
いたわり、ありがとう
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友の気遣いの言葉をかみしめ思う。
私にはいくつかの顔を使い分ける特技がある。 人であり、妻であり、母であり、娘であり、家を支える母ちゃんであり、職場の人間であり、女であり、そして肩書きが何もつかない私。
その場その場でやり遂げなくてはいけない諸々の事。 やらなければいけない事だらけで、出る幕のない顔もあった日々。 あえて背筋を伸ばし、何吹く風と胸を張る。 それはそれで心地良い。 そこから得られる信頼の情は、生きていく上でかけがえのない財産である。 しかし、女であり、肩書きを持たない私がいつも顔を出したがる。 この顔は生活のニュアンスで、家族や職場には全く無用なのだ。
何よりも苦手なこと「立ち止まる」と言うこと。 いつも何かに向かって走っていたいのだ。 走っていると見えてくる私の存在価値。 立ち止まると見失う、そんなはかない存在価値。
今人生折り返し地点。第二の青春。 今こそ女である喜びを感じ周りを見回したい。 若い頃の失敗を糧に、素敵なことは素敵だと声を大にして叫びたいのだ。 肩書きのない私はとても軽く、背筋を伸ばす必要もなく、どこまでも走って行かれそうだ。走りたくて… 走りたくて… 涙を閉じこめる必要もない。それもまたいい。
ねぇ、私が力を抜いている様に見えたとしたら、その時こそ一番危ないのですよ。呼吸が止まっているかもしれないから… 私の中の火が消えそうな時なのだから…
♪私の中で 紅く燃えてる 星が熱いの 熱いの♪ 谷山浩子さんの「夜のブランコ」今夜は何回も聴いている。 何回も何回も聴いたおかげで心が落ち着いた。 これでどうにか歩けそうだ…(Thank you!)
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