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2006/08/12(土)
約束の季節
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彼は、その島で特に有名な人間だったわけではない。 事実、彼が家族にもなんの前触れもなく、突然海賊船に我から乗り込んで、突然姿を消してから20年経った今、彼を覚えているのはただ、当事、彼の下働きをしていたコックだけだ。
サンジは市場で偶然、そのコックと知り合った。 「オーナーは、オールブルーを探しに何も蚊も捨てて海に出た」 「奥さんも店も残して、本当に突然だった」 「奥さんは、ずっと店を守って、オーナーを待ち続けたが、」 「結局、オーナーが帰ってくる事はなく…1人寂しく、 岬の墓地に眠っている」 そう聞いたサンジは、その市場で買った荷物を全部ゾロに 押し付け、一人、その女性が眠る岬へ向かった。
何十年も、なんの便りもない夫をどんな気持ちで彼女は 待ち続けたのだろう。 そして、(…俺は、あなたに何を言おうと思って来たんだろう…?)とサンジはその墓標の前に佇む。 永遠の眠りについて尚、彼女は孤独だ。 サンジが花を手向けた墓標は、風雨に晒され、殆ど名前も読み取れない程薄汚れている。 彼女の魂は、今でもこの島で夫の帰りを待ち続けている。 この寂しげな墓標の前に佇んでいると、そんな風に思えてくる。 (マダムには、俺の思いも声も届かないかも知れないけれど、 …ご主人にはマダムはずっと待っていたって伝えます)
人に言えば、幻想だと馬鹿にされる。世界中の魚が全て棲む海などある訳がない、と鼻で笑われる。 かつて、この島には、そんな愚かな夢を信じて、命を賭けた男が いた。そして、その男と、その男が見た夢のその両方を信じて待ち続けた女性がいた。 この岬は、そんな愚かな人生を送った人間が眠っている。 決して、光満ちる幸せな場所ではない。 なのに、サンジは不思議とこの場所にいると、物言わぬ彼女の 墓標に励まされている様な不思議な感覚を覚えた。 (…オールブルーは必ずあります。あなたなら、必ず、辿り着ける…)そう囁く声が耳にではなく、心の中に響いてくるような 気がする。
自分だけの夢だから、その価値の重さも深さも自分にしか わからない。 つい最近までサンジはそう思っていた。 けれど、今は違う。
1人で来たはずの岬の墓地に立ち、サンジは潮風に髪を 撫でられながら振り返る。 そこには、運命に導かれるように出会い、抗う事の出来ない強さでサンジの人生を包み込もうとしている男がいる。
「…なんで、ここにいるんだ?」 明瞭な答えなど期待もせずに、サンジはゾロに向かって 穏やかに、魂を委ねるように、柔かく笑いかける。 媚びも愛想もない、ただゾロだけに、そんな微笑を向ける。 「…お前こそ、なんで1人でここに来た?」 そうゾロに聞き返されて、サンジもやはり明瞭になど答えない。
サンジの夢は今もうサンジ1人だけの夢ではない。 サンジの瞳が見据える水平線の先を、今はゾロも見つめている。 例え、その夢が叶えば、二人別々の道を歩み出す事になると 分かっていても、サンジがその夢を諦めない限り、 ゾロもサンジと同じ強さでその夢が叶う事を願い続けて行くだろう。
お互いの夢を自分の夢と同じくらいに大切に想い合える。 それを上手に言葉では言えずに、二人はどちらからともなく 歩み寄り、同じ事を考えている事を確認しあうように、 そっと唇を重ねた。
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