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2006/07/10(月)
My way
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それは、まだ、「バラティエ」と言うレストランが東の海に誕生する前の話。
月に二度だけ、ゼフは店を休んだ。遮二無二働いて体調を崩してしまっては、却って料理の質が落ちる。 毎日、顔を突き合わせては、躾のなっていない暴れん坊の子犬の様なチビナスとも、今日はお互い別々の時間を過ごす。 その夏の日は、朝から抜けるように空は晴れて、ゼフが目を覚ました頃には、もう店の中にはチビナスの姿はどこにもいなかった。 休みの日くらい、ゆっくり朝食を食べ、のんびりと寝転んで 体を休めたい。そう思うのはゼフだけで、チビナスは休みの日も 元気だ。(…外に行ってくれるなら、静かでいいが…)何か物足りない。シン…と静まり返った家の中で、昼を少し過ぎまでゴロゴロしていたが、だんだんと退屈になってきた。 (…釣りにでも行くか)晩飯の足しくらいにはなる、とゼフは 支度をして、家を出る。 店から少し歩けば、船着場があり、そこの桟橋から竿を垂らせば、群れている小魚くらいは釣れる。 「…なんだ」桟橋の上に、ちょこんと胡坐をかいて、釣り糸を垂らしている小さな背中が見えて、ゼフは嬉しくなった。 休みの日くらいは、顔をあわせず、煩わしい口げんかもしなくて 済む、側にいないとせいせいする。そう思っていたのに、 チビナスの姿を見た途端、勝手に笑いが込み上げてきた。 煩わしいと思っていたのに、側にいないと物足りなくて、 小腹が空く程度に顔や声を聞きたいと思っていたところだ。 退屈を持て余しているのは、二人とも同じ。 余暇の使い方を知らない。どうせ、魚を釣りながら、 「…釣れた魚をどうやって料理しよう」と考えいるに違いない。
ゼフはチビナスと背中合わせになって、桟橋に胡坐を掻き、 そして釣り糸を垂らす。 そうなると、お互い口が勝手に動いて、憎まれ口ばかりを叩きあう。コックスーツを脱いで、包丁や鍋を持っていない今、 ゼフとチビナスは釣り友達で、競争相手だ。 「…ジジイより俺のほうが釣りは上手いんだぜ」とチビナスが言えば、「…そう言う大口は、俺に勝ってから言え」とつい、大人気なく言い返してしまう。 釣り上げた魚の数は、当然、朝から釣っていたチビナスの方が 多くなる。それでも、勝った!」と、汗まみれの顔をくしゃくしゃに歪めて、笑った。本当に嬉しそうに笑った。
そんな風に過ごす時間が、これからもきっと何度も繰り返される。いつまでもチビナスはこのままで、いつまでも自分もこのままで季節は移り行く事無い。 空の青さも海の蒼さも、潮の匂いもチビナスの汗の匂いも鮮やかなその風景の中にいて、ゼフは時は絶対に流れを止める事無く、流れ続ける事を事を忘れた。
そんな風に思える時間をたくさん重ねる事が、幸せを重ねていく事だと、後になってゼフは知った。 時が止まった様に、太陽の光に目が眩むほど眩しい季節の思い出の映像は、現実の時間が流れて、サンジが側にいなくなっても、いつまでも鮮やかにゼフの胸に焼きついて、 その季節が来て、海がその日と同じ様に煌く度に、 ゼフの心を、その時の光に満ちて眩しかったあの夏の海へと 誘う。
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