|
2006/12/05(火)
つまみ食いフェア 番外編 その1
|
|
|
「…何かお作りしましょうか?」
四十をいくつか過ぎたくらいの物腰の優しげなバーマンが、一人の客に声をかけた。 会話の邪魔にはならないように音を絞ってはいるが、洒落た音楽が流れていて、淡いオレンジ色の光りと朧げな黒い影がゆらめく小さな店の中は、そのバーマンと、その客しかいない。
「今日は今年一番の冷え込みで、外は吹雪いているからな。客なんかまず来ねェだろ」そう言って客が空のグラスを弄び、溶け残る氷をカラカラ言わせながら皮肉を言っても「ええ、こんな空気まで凍る様な日にこんな場末のバーにわざわざ足を運んでくれるのはアオキジさんぐらいですよ」とバーマンはさらりとにこやかに答え、笑顔を崩さない。
「…ちっとばかり長くなるが…愚痴を聞いちゃもらえんかな」そう言ってアオキジさん、と呼ばれた客はバーマンの方へ空のグラスを押し出した。
「同じもので?」「いや、…今度はストレートで貰う。ちびちび飲みながら話てぇ気分なんでな」「わかりました。私でよければいくらでもお聞きしますよ。ごらんのとおり、ここには私とアオキジさんしかいませんし。なんならクローズしましょう」
バーマンはそう答え、自分のグラスも用意して、その中に酒を注ぐ。そしてアオキジの話に耳を傾けた。
* **
確かアレは…ちょっとしたヤマのケリがついて、久し振りに家に戻って来た時だから、 今からちょうど、二月ほど前になる。玄関に落ち葉が散らかってて、随分、汚かった。
で、家に入ってのんびり寛いでたワケだ。そこに、荷物が届いた。 それが、結構な大きさの箱で、差出人の名前も書いてねえ。ただ、汚エ字で「感謝の証」って書いてある。中身は、ガラスに入ったワインか何かが入ってる感じの、頑丈な木の箱だ。 こう言う類のモンは用心しなきゃならねえ。開けた途端にボカン、と来る物騒な贈り物かも知れねえ。だから、開けるかどうか、ちょっと躊躇した。 ところが、だ。 その箱が、ガタガタっと動くじゃねえか。 「…こりゃ、生きてるモノが入ってるな」と思った。人だったら、大事だ。 俺は慌ててその箱を開けた。そしたら、どうだ。
タンポポみたいな髪の女が、猿ぐつわかまされて、後ろ手に縛られて中に入ってるじゃねえか。 年の頃…?ああ、パッと見は、16,7、と言ったところだ。
「…おいおい、こんな品物、注文してねえぞ」なんて言いながら、俺はそのコの猿ぐつわを外して、縄も解いてやった。
なんでも、その子は、海賊にいきなり拉致されて、箱に詰められて、俺んちの前に置かれただけで、何も知らねえって言う。 箱の中には、手紙が入ってて、「この間は見逃してくれた事に深く感謝している。お礼にこの女を送るから、可愛がってやってくれ」と書いてある。だが、どこの誰のことか、 思い当たる節がありすぎて、とんとわからねえ。 気まぐれで、ヘボい海賊を見逃す事くらい、そう大して珍しい事じゃねえんでね。
…そのコは、カールと言って、俺が見たとおり、歳は17だって言ってな。 青い目がクリクリしてて、そりゃもう、あと5年も経ちゃあ、目の覚めるようないい女になるだろうってなカワイイ子だ。 身寄りもねえ、行く宛てもねえ、孤児院育ちで、やっと引き取られたと思った先が、 娼婦宿、…客を取るのがどうしても嫌で逃げたら、海賊にとっ捕まって、それで箱詰めにされたって言うじゃねえか。
そんな話きかされたら、同情するだろ?
家事一切は何でも出来るって言うから、俺はメイドとして雇う事にしたんだ。 そしたら、…ホントによく働くんだよ。掃除、洗濯、アイロンがけ…と…。
苦労して育ったンだろうなあ、口数はそう多くねえし、怖エ目にあってるんだから、俺にもあんまり笑った顔は見せてくれなかった。だが、とにかく、飯が美味い。 何を食っても美味い。こっちはどんな材料をどう弄くればこんな味になるのかなんてのは、全く興味もねエから、グダグダ言わずに黙って出されたモンをペロっと食うだけなんだが、その空の皿を下げる時、初めて、その…カールが俯いて、本当に嬉しそうに笑ったんだ。
|
|
|