|
2009/10/05(月)
最後のメタソル
|
|
|
今日は曇り時々晴れかね。 ドモ佐藤現です。
ここで申し上げなければいけない事があります。 METASOL34。 2010年3月21日、その日がメタソルの最後です。
過去に、15回目にさらはヘヴィメタルソルジャーズ。 25回目にメタソルグレート最終章。 とか、最後を匂わす時はありましたが。 その時は戦略的な意味合いもありましたが。 今回は正真正銘最後。 きれいさっぱり無くなります。
2002年の12月30日。 初めてメタソルを開催した時。 その時はヘヴィメタルソルジャーズと言うイベント名でしたが。 当時のジャンクボックスミニの開演前に外へ出てみたら、長蛇の列が出来ていた光景を忘れる事は出来ません。 その中に迷彩色のズボンをはいたメガネの少年が居ました。 その少年の表情は暗く、こいつはポケットにピストルでも仕込んでるじゃねぇだろうなぁ? と想像したもんです。 それがスティールのライブが終わり、その少年の顔を見て驚きました。 額からだらだらと汗を流し、その瞳がキラキラと輝いていたのです。 確かその時の日記でスターが、少年メガネまた来いよ!とか書いていたような記憶があります。 僕はその瞳を見て、これは…続けなきゃいかんなぁ…、と自分の心に誓いました。 あれから7年。 その少年も立派な青年になりました。 一時はメタソルに顔を見せなかったのですが、いつしか常にメタソルの輪に加わるようになりました。 そのかいあってか、青年にも春が訪れたようです。 僕はその光景を眺めながら、これでメタソルの役目は終わったな…とつぶやきました。 この為、これだけの為にメタソルを続けて来たのだから…。 良かった、本当に良かった!
メタソルの功績ははかりしれない。 メタソルの前は皆他人だった。 多くの人に出会い、楽しみ、そして誇りを与えた。 新潟鋼鉄と言う誇りを。
しかし時は来たのです。 今僕らがしなければいけない事は。 ただその恩義に報いる事。 大義こそが残された道であります。
そしてスティールドライバーはメタソル34参戦を決意したのであります。
|
|
|
|