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2018/07/01(日)
ただしいこと
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新仕事が本格的に始まる前の、貴重な休みなのに、他の用事が思ったより長引いたりしてしんでます。 ここまで勤務条件を決めてくれなかったんで、どっちに転んでも対応できるよう準備しとかないとだし、 怒りやもやもや、やっぱり自分が悪いのかって不安や自責がずっとないまぜで、全く気が休まりません。
占い的には、「義」という一文字が、自分の守り神らしいです。これは人によって仁だったり礼だったり。 自分はかなり、しんどい運勢を生きなきゃいけない人間らしく、なのに自分自身の力も相当弱いそうで、 そういうタイプは本来「仲間」が力になるんですが、自分の場合はそれすらも厄介事にもなるようです。 そうだよね、家族も友達もみんな大事だけど、それが故に、人に見え難い苦労はしたと自覚があります。 小学生にして、家族を守るために自分がお金を稼ぐ! と決意するお子様、ありふれてはないと思うし。
守ってくれる、協力してくれる人なんてほとんどなかったんです。一人で頑張るのが当たり前だった。 親兄弟自体が弱ってましたもん。今は何とか、色々調整すれば協力し合えるけど、それも調整が必要。 それでも小金と、なけなしの互いへの愛情だけはある家で、だから守りたいって思ったわけですし、 それで何とか専門職につけて、自分のへぼさでも非常勤で生きれて、多少のお金なら出せる身になった。 自分自身は女としても仕事人としても創作者としても残念の一言だけど、何とか生き残りはできました。
「家族のため」って「義」が、昔の自分の物凄い力の源だったのは確かです。自分の事は後回しでした。 昔から何気に、正義の味方とか好きで、人のためなら自分の事は後でって、悪くないと思うんですよね。 でも自分自身に、本当にその「義」をできる力はないことに気付いたのが、非常勤になった頃です。 自分自身の向上に興味がなく、あっちこっちに少しずつ役に立ちたいと思っていたら、ふと気が付けば、 何に対しても深入りできず、重い仕事の責任から逃げ回る自分がいた。家族も重く感じるようになった。 全部、全部、「しんどかったから」。本当の自分は、ただただしんどいと、悲鳴を上げ始めたわけです。
今回、新職場のやり方が卑劣と感じて、正しくないと思ったから、何とか反論できたわけなのですが。 同時に、そんな事みんな普通は飲み込む、むしろ条件なんて出す自分が甘えてるという自責の念もあり、 どっちが正しいのか、まるでわからなくなってしまいました。人の事だったら、辛くても喧嘩しろっていうけど。 だって、自分を守れるのは自分しかいないわけですから。でも、自分を守ることって、正しい事なんだっけ。 自分みたいないらない廃人、色んな人を喧嘩に巻き込んでまで守らず、YESと言えば丸く治まったのに。
人のためにその職場にいくはずなのに、情けないって自責や、でも理不尽だと、何だか色々しんどすぎて。 うちのボスだってこんな面倒起こされて嫌だろうし。ボスもグルかもしれないとまで、思い詰めてきた。 正しいことって、何だったんだろう。どうしたら良かったんだろう。そんな感じで、ずっと辛いです。
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