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2013/07/10(水)
空
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中二病って大切な免疫だし、王道に通じる要素だと思います。 勿論通り過ぎるものでもありますが。 でも、時々「未熟と言われても中二と言われても当初の方が好き」という場合があって。 個人的には植芝理一とか長野まゆみとか。
植芝さんは書き込みやベタなネタが好きでした。 でもそれ以上に、なんだか今の「リア充感」が切ない。 ファンタジーが強いのが、懐かしくて好きだったので。
長野さんは辿り着いてしまった感が寂しい。 こちらもやっぱり、ノスタルジックなのが好み。 現在の、ひたすらに捨てて捨てて、本質を見極めた末に辿り着く「空」の感じ。 それは好きと言えば好きかも知れないけれど、でもね、と。 ノスタルジックは好きに摂取できる。 空虚さは、どんなに綺麗で透明でも沢山は摂取できない。 秩序と節制を求められる。 それが寂しい。
創作物って、作る側と見る側がいる。 作る側は当初の方が、「好きに」「勝手に」作る。 それが完成型に近付き、熱を持つ模索から落ち着いた作業になる。 でも、勝手に奔放に作られた作品の方が消費し易い場合もある。 形態も整わない作品の方が、消費も勝手で奔放に出来る。 そういう考え方もあると思う。
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