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2009/03/25(水)
華観
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いつの間にか、愛情と性欲がほとんど接点の無いほど分離してしまった。 或いは区別が付かないほどに多種類の感情や反応が癒着してしまっている。 そういう意味ではビョウキなのだろうな。 もしくは、これを綺麗に取り繕うのがつまり社会なのだろうか?
社会活動と言うのは、少しお花見に似ているな。 沢山の人が集まる場所や有名な場所が有り、そこに入れない人もいる。 規定があるようで無く、誰かの物のようでそうでもない。 皆「御花見」をしているはずなのに、それぞれ違う木を見ている。 木を見ている人もいれば、飲んだり食べたりする人もいる。 ばらばらなのに、同じ行動をしていると互いに認識している。 目的が違っても同じ名前で括られる。 華やかさ、虚しさ、倦怠感、惰性、楽しさ、浮かれた空気、美しさと低俗さと。
まあ、そんな夢想はそれとして桜を観に行きたいな。 あまり煌々とライトアップされていない、夜桜がいい。 味や香りのほとんど無いぐらいに薄いものを口に入れて。 一人でぼんやりと死ぬ事と死んだ後の世の中のことを考えたい。
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