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2009/12/09(水)
終生修正
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昨日の日記を書いたメンバーは元々社会に人間に土地に、興味の強い子だ。 でもサイト仲間がこれだけ社会分野の話題を出すようになった要因には、私個人の趣味が強いと思う。 APHが流行した時には嬉しかった。 これで嫌がられることを恐れずに、好きな話が出来ると思った。
年齢が一桁だった頃から、社会の授業が好きだった。 自分で学ぶ方法を知ったら、社会、政治、戦争や経済に重点を置くようになった。 群衆と個人の関係、社会の動き方を知りたいという欲求が強い。 それに、自国に対する思い入れもおそらく一般的な基準以上に強い。
私の父は、母や私をよく殴った。 傲慢で乱雑で、自分のことばかり考えている屑。 母は愛情を口にするけれど、私はそれを信じなかった。 父に逆らうことも私を止めることもしない、その態度が愛情だとは思わない。 今の自分に後悔は無いけれど、あの両親に抱く怒りはきっと一生治まらない。
態度や感情の表現や抑制を学ぶ場所は無かった。 ずっと、どうやって父を排除するかばかりを考える子供時代だった。 学校で友達が出来ても、どう接していいのか分からなかった。 今でも、好きな人達を自分から守る方法が分からない。 だからせめて自分以外のものからは全力で守ろうという、とても押しつけがましい付き合い方をしている。
人間の付き合いは、個人だけでは無い。 でも個人同士で上手く付き合うことも出来ない子供には、集団の中で上手に生きることは酷く難しい。 集団と言うのは、恐ろしく理不尽で危ないものだと思って生きていた。 常に警戒していたし、今でもそれを克服しようと言う気持ちが強い。 数の大きい集団の動きを学ぶのは、私にとって動く物を目で追うぐらいに自然の欲求だ。
この国に対して愛着が強いのも、家族への帰属意識が薄いのが一因だと思う。 親から受け継ぎたいと思う物も無く、子供に与えてやりたい物も持っていない。 私以前の積み重ねも、私以降の継続も、家族には期待出来ない。 個人の後ろ盾、支えになる精神も、求めることは無い。 家族に求める愛着は人生に必要なものだから、私にとって国とは言わば拡大された家族なんだろう。 贔屓もするし、愛しもする。 縮図としての家族の分の愛情を、安心感を、足して祖国に執着するのだから。
一緒にサイトをやっている三人は、私にとって少し特殊な友人達。 きっとこれからも、私のこの執着や趣味を押し付けると思う。 読んでいて面白くないと感じる人がいるのなら、それは私個人に対する当然の意識だと思う。 でも、これは私の一部であり、ここの友人たちに提示することも止めはしない。 我慢なり、離れるなり、或いはお付き合い下さるなり、お好きなようにして頂きたい。
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