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2008/02/20(水)
少女崇拝
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「少女」に対する憧憬と理想化が激しいです。 フェティッシュな執着が有ります。 特に少女らしい身体付きをテーマとしてとても好みます。
おそらく、「取り戻し」の心理が下地にあるのだと思います。 自分の十代は、少女性や性別というものを否定しがちだったので。
私は十代の頃、制服が大嫌いでした。 スカートは、無理矢理穿かされていると思っていた。 何故スカートを穿かなければいけないのか分からない。 でも、強制に反発したいだけだと言われても反論出来ない。 嫌で、不満で、でも何がどう不快なのか分からず。 自分が疑問に思うことを誰も疑問に思わないということに焦っていて。 反抗して、でも対象が分からないので反抗しきれず、ただ拗ねていました。
マイノリティという知識が無かったことが一番大きな原因だと思います。 ただ、そういう時期が思春期でもあるのだとは考えますが。 納得出来ず、なにが不満なのかも自覚出来ず、性別に怒っていた時期。 胸が膨らむのも足の肉付きがよくなるのも、苛立ちの理由でした。 拒食症になり過食症になり、生理の度に落ち込んだり苛ついたりしました。 運動を始めて、環境に揉まれる様になって、やっとそのことを忘れて。 肉体が道具だと納得することで、その道具を頑張って鍛えれば使い道があると思い込むことで、解消しました。 その為だったら、太っていても気にならなかった。 体重が重いのは有利だと思ったし、顔を怪我しても嫌じゃなかった。
今では性別も自分の一部です。 男性になりたい訳じゃないし、女性になりたい訳じゃない。 男性だとは思っていないし、女性だとも思っていない。 私はそんなことを考えるほどに余裕のある人間ではなくて、困ったことが起きたらその時に考えるなり、改善するなりすれば良い。 なので、十代の頃にはX染色体には悪いことをしたと思っています。 私にだって、私に少女時代を謳歌させてやる事は出来た。 なのにその時代、それを全部否定していた。 後悔はしていないけれど、勿体無いという気持ちがあって。
美しい少女の写真をとても撮りたいと思っています。 きっと自分が手にしなかった、これから一生手に出来ない、そういうものに対する強い憧れがあります。 取り戻したいのが「美しい少女」では傲慢にも程があると思いますが。 けれど、美しいと思うのは、容姿の美しさだけではなくて。 皮膚も髪も目も匂いも動きも、若さの美しさがある。 でも頭の中で常にどこかが苦痛に使われている。 好き好んで憂鬱に思い悩んでいる。 攻撃性や逃避、否定や傲慢が隠し切れない、擦れていない。 そういう少女時代に、強く魅力を感じます。
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