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2008/12/05(金)
好悪
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例えば何故、同性愛には嫌悪があるのだろう? 何歳から芽生えるのか、周囲の影響さえ無ければ芽生え無いのか。 それとも生まれながらに、受け入れる者も憎悪する者も決まっているのか。
国によっては、同性の友人同士で手を繋ぎ肩を組み共に寝る。 国によっては、異性と目を合わせたのが理由で死刑にされる。
生まれながらに同性を愛する人がいて、死ぬまで誰も愛さない人がいる。 望んだわけでもないのに、幼児や血液や死体にしか欲情しない人もいる。 どんな性癖を持っていても、それとは別に誰かを愛し平均的な一生を終える人だっている。
多くの人が、幼稚園の時代で友達への独占欲を持つ。 手を繋ぎ、ずっと一緒にいようねと言いあう。
虫が嫌いな親の子は虫が嫌いになると言うけれど、そうではない人だって多い。 社会に出てから好きになるものも嫌いになるものも、人それぞれ。
私は何が嫌いで、何が好きで、それは何時からで、理由が有るのか無いのか? 自分はどこまでが細胞に決められた性質なのか。 どこまでが周囲の刷り込みなのか。 その両方から構成された自我による好悪というのは、一体どの部分なのか。
好くことも嫌うことも不思議に思ううちに、もうどちらも断定は出来なくなった。
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