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2008/12/13(土)
日常風景
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ニコ二コ動画でゆめにっきをメンバーに勧められてはまる。 次はアンダーグラウンドボカロはどうよと聞かれています。 楽しいのは確かだけれど、あまり近寄っていくと気が狂ってしまいそうで少し怖い。 liberal popsとかとても好きなのだけれど、「誰とも話さぬまままた夜が来た」とか歌詞に耐えられないことが多い。
私は自分のことをおかしいと思っているけれど、おかしくはなりきれないのも分かってる。 それは自分が弱いから。 弱いというよりは、淡水魚と海水魚がいるような、生来の区分の様な気がする。 おかしさが分からないほどおかしくなったら、もうその瞬間には死ぬしかない。 そのままでは生きていけない。 でも生きていくのにはおかしさと、それを肯定してくれる人が必要で。 何でも都合の良い様に受け入れてくれるメンバーとは別れられないでいます。
どんな普通のものも平和になると狂って見える。 人間は本当は全然理解し合えていないのが普通で、平気で否定してくる。 孤独感は食欲と同じで満たされることなんて生きている限りない。 運命なんて有っても無くてもどうでもいい。 生きていることに意味は無いし、生まれてきたのは偶然の産物。 価値は自分で決めないと存在してくれない。 死んだら全部無くなってしまう。 自我と言うのは思うほど確かなものではない。
これらを全部、普通に考えられるようになりたい。
「狂気の色は?」という質問に私は分かり易く赤や黒や白を答えてしまうのだけれど、あるメンバーは「新しい蛍光灯を付けた瞬間の周りの色」と答えていた。 多分私は、おかしさを認めているふりをして、否定しているのだと思う。 だから自分以外の所に、分かり易いおかしさを探そうとしてる。 求めているそぶりな癖に、どこかで自分は絶対におかしくないと思ってる。 自分の死を信じられないのに似ているかもしれない。 そんな風では、なりたくない人間になってしまう。
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