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最新の絵日記ダイジェスト
2019/10/06 索道の手入れをした
2019/10/05 山が少し色づいた
2019/10/04 HP日記の改修に悩んでいる
2019/09/30 患者も湧く、カメムシも湧く
2019/09/29 昨日は商売繁多であった

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2018/09/29(土) 台風の心配よりお客の無事に気を使う
 秋雨前線のせいなのか降ったり止んだりの空模様で気になることこの上ない。お客さんは釣りを早めに切り上げて到着した。彼らが帰られるまで気をもむことになる。周りの地面は水分を多く含んで斜面は緩んでいる。とにかく明日の昼まではと線香を上げて祈るしかない。お客さんには早めの脱出をお願いしてるけれども台風にお願いするわけではない。震災から安心安全なる標語が飛び交うが本来お題目で南無阿弥陀仏と少しも変わらない。安心安全というのはないのだから。ただ体験と経験を積んで自ら判断するしかない。僕はそれしかないけれどお客さんのそれまでは責任が持てない。僕が出来るのは保険をかけて対応することだけだ。それでも嫌なコースを通りやがる、24号め!
 雨が弱まったころにミョウガを摘みに出たがほとんど花が咲いていた。それでも少し摘んだものは明日の高速バスに持って行こう。バスが走ればだが?

2018/09/28(金) 台風に備える
 昼から日差しあり。
 仕事に出て山から大岩山などを眺める。山はやはり晴れが良い。今度の台風に関してちょっと嫌な予感あり。早めに帰って重機で側溝を掘る。出来ることはやっておいて後は天命を待つしかない。
 明日は客の予定があるがどうなるか、ちょっと分からない。無理をしないようにしてほしい。こんな天気の時はお客さんが帰り着くまでとても気になる。
 仕事帰りにふと見ると釣り人が出会いから雑魚川を釣り上っていた。見ているとそんなに上手ではないようだった。それでも一尾ぐらいは釣りあげて欲しいものだ。一尾でいいのだが!…
 

2018/09/27(木) いつも日常に追われているんですね
 「いつも死を考えているけど、いつも日常に追われていくんですね」樹木希林さんはそんな風に生きた。なんだか深く心に残った。
 今朝は村長さんが秋山にやって来て懇談会だと云うことで他の用事もあったこともあって本当に久しぶりにそんな会に出た。何となく予定調和的な集会とかいうものに馴染めない私にしては行政もなかなか面倒で大変だと感じるのが精一杯だった。僕はせっかく出席したのだからと川西林道の管理についてお願いをしたがそれ以上は口をつぐんだ。小さな村では限界も多い。
 朝だが強い雨が降って秋山林道の不動滝は流量を増やしてながれおちる。また屋敷橋を走る最後のバスを映像に納める。残り3日で南越後交通は秋山から撤退する。
 行政も交通会社も建前と本音の間で悩みつつ結局落としどころから外れることはない。しょうがないのだ!

2018/09/26(水) 紅葉はまだだけれど、キノコは出ている
 台風24号が列島を縦断しそうだという。この30日に東京に出る。帰りは3日の予定である。例によって大久保の病院にて眼科の検査と家庭医のところで血圧の診断と薬を頂き、ついでに歯科にも寄ろうということだ。台風24号に東京で揺さぶられることになる。しょうがない!ドラゴンボールの改造人間24号と同じように強力な威力を吾空が抑えてくれることを期待するけれどもしょうがないか?
 今日は前回の台風で崩落した斜面に道を作りに出る。道は出来た。きれいに出来た。充分だろう。
 鳥甲山むじな平登山口から見ると色づいた山は何となくはっきりしない。仲間はこう言う。「気温が高いからだろう、9月は雨ばかりでまだ気温が高いからだろう」と言う。
 それでも行く道、帰る道でたくさんのキノコを見る。舞茸ばかりがキノコではない。今日はナラタケを見る。少し採って来て図鑑で調べる。ナラタケばかりでなくキシメジやらスギヒラタケ食べられるキノコは実に多いと思う。ちゃんと勉強をすればもっといろんなキノコを採れるだろうがキノコというものは生では食べるものではなくそして多く食べてはいけないと書かれているものが多い。もう勉強する時間もないけれどやはりここに居るのだから勉強をしなくてはいけないだろう。
 帰ってふと見るとミョウガが成っている。それもつまんで来た。ちょっと忙しく採り損ねて花が咲く寸前であった。ひとりで山にいて2足の草鞋を履いていては手が回らない。来年は仕事を少なくして周りを見ることにしよう。

2018/09/25(火) 年をとってもやることはあるな〜
 気温は高いようで強い雨音が続いている。昨日の薪用作業は正解だった。少し予定が進んだ。
 国交省の湯沢砂防事務所の方と名義の土地が工事にかかるということで津南まで出て会う。それから車の外れたマフラーの溶接を頼んでt電気屋に向かい壊れたプリンターを見てもらった。もっとも何千円の機械で直すものではないのだけれど電気屋さんの方は機械内の情報を読み取る部分をオイルでちょいと拭くと機械は直った。付いている。
 それから先日のテレビでの気になる事項について十日町情報館に出向いてリファレンス(参考調査)を依頼してきた。いつもの中華麺を食べて、持っていると使ってしまいそうなので通帳に移して帰って来た。お金は亡くなったから預金通帳を開いて小説を読むように眺めている。これ結構好きだが何となく桁が少ないと頭をひねるのだ!
 津南では稲の刈り取りが進んでもう半分ほどになった。見玉の集落では月末には刈り取られるだろう。今日もバスを撮ったが昨日より到着が早く和山行きは撮りはぐれた。ほんとにバスもなくなる集落になるのだろうか。オンデマンドバスは走るというがあれは厳密にいうとバスではない。予約定時タクシーのようなものだ。これからはここを走る自家用車が歩いている登山者観光者を拾ってやればいいか。バスよりずっと便利になる。かもしれない。

2018/09/24(月) バスの取材、福一先生の取材、薪用の玉切り
 熊谷の旦那さんたちは雄山荘の御主人が手造りした猟師小刀を欲しがったがダメと拒否した。ただ今度御主人に逢ったらそれとなく聞いてやると話して釣りにお出かけになった。時計は9時を指していて食事をして30分にここを出た。運行が終わる定期バスを映像で撮っておこうと云うことだ。和山行の下りと、和山停留場での姿と津南行きの3ッつのカットだ。明日もう一回撮りに出よう。なかなか難しい。寄った福一さんのところでも舞茸を採った旦那を撮った。少し遅かったのか虫が多いようだったけれども82歳の老人は映像に収めた。
 帰ってから日のあるうちにと薪を玉切った。あらかた切り終えたが細い枝が残る。2時間あればそれも終わりそうだ。月が替わってから薪を割って、今積んである薪を早めに玄関に納めよう。少し早いけれど年を感じ始めると何でも早く片付けたほうが良いようだ。
 一日結構忙しかった。それでもやらなければと思っていた薪を玉切れたことは 上々吉だ。ご褒美に歌でも聴いてひとりでゆっくり酒を舐めよう。

2018/09/23(日) DVD 化は大変難しいようだ
 昨日の続きの映像のDVD転換を教えてもらうもSONYプレーメモリーで編集は分かった?のだがそれをDVDに変換するソフトは簡単なものはないという。現在ではパソコンとの互換性が主でDVDに変換することはほとんどないからだという。そりゃTV局やらそれで暮らす人たちは高額な機器を使っての作業になるのだと。昔のようなビデオテープの編集などというものは20年も前の話で、例えばUSBに取り込むことは出来たとしても自宅のTV受像機にはHDIの口はあるがUSBの取り込みシステムはないという。どうしてDVDにこだわるかというとこの辺りの老人たちの体験談を映像に残したいからだが、取材をして映像を取りっぱなしにしてしまうのはフェアーではなく自宅でその映像を見れるようにしてあげたいからだ。つまりDVDとして渡しておきたいのだ。
 現在は情報はデジタル化されてアナログっぽいDVD に移すということは本線ではなくなったという。教えてくれた先生は某テレビのカメラマンなのだが、ここもっきりやの貧弱なPCでの操作可能な方法をいろいろ腐心してくれたけれども、今回は回答がでず、次回まで調べてくれると言ってお帰りになった。遊びに来たお客さんにいろいろ質問をすることは本意ではないが無理を聞いてもらった。
 結局、撮るものは撮ってタブレットでもを揃えてそれで見てもらうしかないということだった。時代の変化の激しさに頭が狂ってきそうだ。お金もない人間が手を出す世界ではないのかもしれない。
 とりあえず今月で運行をやめる南越後交通の定期バスの映像でも撮っておこう。と思っていたら、久し振りの晴れ間にカメムシがブ〜ンと飛んできた。

2018/09/22(土) さんま
 ひとりのお客さんがお帰りになって、ちょっと気になったTV番組の記事についていろいろと調べているうちに、いつもの高島平の旦那と連れの方がお見えになった。僕は頂いた舞茸でご飯を作り、豚汁も作りポークソテーを作ったのだが旦那さんは新物のサンマをお持ちになり青魚の刺身まで付けて盃を交わした、その後カメラからHDRカメラの映像をいかにしてDVDに移すかのレクチャーを受ける。「難しいですよ。もっと難しいですよ」と諭されるが僕にしてはどうして難しいのかが分からない。日が変わってしまうのでそれからは明日ということで、授業を仕舞った。

2018/09/20(木) 気が付いた、温泉で身体を洗っちゃだめだよ
 ゴミを捨てに津南へ下る。雨が降りそうだったので予定を早めて10時すぎに到着し、ゴミを片付ける。この処分場がなかったなら僕は困る。軽トラだってそのためには手放せない。来月辺りに終活のゴミを再度捨てに行かなければならないがそれまで準備をしておかなければならない。
 時間もあったので久し振りに温泉にでも行くかとハンドルを切った。突然、昨夜に見た是枝監督の「歩いても、歩いても」を思い出した。この映画を僕は小津安二郎の「東京物語」の続編のように思っている。配役と設定があの映画の登場人物の40年後のように感じるのだ。そこで映し出される廃業した町医者の日常と僕にある日常とを比べながら117号線から353号線に回った。体がぐるりと回転すると「そうなのだ、僕の暮らしの在り方はそれこそ非日常なのだ!」と…そんな僕が思う日常はありはしなくて是枝監督が描く日常だってそれこそ非日常なのだと思う。毎日のルーテーインのよな暮らしは子供を育てている時くらいなもので、それが終われば限りなく非日常に落ちて行く。壊れる家族、病気、落ちる体力に気持ちが萎えて行くばかりじゃないのだろうか。だから昨日のような気の迷いは捨ててこのまま温泉にでも浸かった方が良いと思ってアクセルを踏んでやった。
 行った先は清津峡温泉の日帰りの湯で源泉42℃ PH9.3 神経痛筋肉痛関節や五十肩などに効くと唄われていた無色弱塩硫黄泉の薬研の湯と書かれていた。大地の芸術祭が終わってお客も引いたようで昼前の1時間浴槽のヘリに寝そべって江差追分を唄ってみたが下手だった。誰もいない風呂場でひとりで歌う田端義男なんかは実にうまいと感じた。「とね〜の とね〜の川風よしきりいが」と歌っていたらがらりとおじいさんが入ってきた。ちょっと頭を下げて四股を踏んでから外に出た。今度、友達が来たら無くなるバスの代わりにここまで送って誰もいない時間を楽しんでみよう。
 カメラを忘れちまったので今日のもっきりやの秘密の部屋を、いや僕の非日常をお見せしよう…

2018/09/19(水) ドジな男の疲労に沈んだ
 洗濯、洗濯と3回も機械を回した。空は久しぶりに青く日差しがうれしかった。
 いろいろやることがあるけれどまずは洗濯だと 洗い、干していた。ようやく連休のお客さんの片づけを終えて日常の姿に追いついた。ふと気が付いた。子供の頃は非日常にあこがれて山へ上りへ旅にも出たが、この頃はまず日常の構築に腐心しているのだなとおどろいた。爺さんの非日常とは何なのだろうかと頭をひねった。
 さて件の温水便座の取り換えにかかる。よくシュミレーションして一気に行こうと気負ってトイレに向かって準備をしていた時だ給水分配器が何かに引っかかって便器の中に消えた。ドボンと音までした。汲み取り桶でひっかきまわしても沈んだ分配器が拾えるわけはなく便槽の汲み上げまでやってどうにか拾い上げた。僕のメガネにが便槽の雫がいい色で付着しているじゃないか! 一服して気持ちを少し前のめりにして本管と分水器つなぎロータンクへのジョイント、便座への給水、掃除用の水鉄砲をしっかりつないだ。通水して漏水を確認した。時計は3時。俺ってだめだな〜と汚い手で汗を拭った。こうなると毒食らわば皿までと便器をきれいに洗った。
 明日のゴミ捨ての準備をして玄関をゴミの山にしているとメールで同年代の御婦人の訃報が入った。途端に崩れるような疲労感につつまれた。面白かった人が亡くなる、もう会えないと思ったとたん自分の最後の時のもやにつつまれてしまったように感じた。

9月絵日記の続き


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