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2016/10/19(水) 不意の休みに大きな仕事
 さて明日は屋根のペンキ塗りなのである。伊達巻戦争の戦友が手伝いに来てくれる。今回は65平米を塗る。残りは140平米もあるがそれはそれで来年の仕事だ。
 今日は仕事がないというので水場の整備を行う。ついでに小屋の整備やら、網戸の片付け。一部、雪囲い板も嵌めてみた。気温が高くて助かる。この調子で明日も頼みますと願っている。
 便槽の汲み出しはやった。水場の整備もやった。薪と置き場も片付けた。米も買った。ガスは支払いだけだ。となると今度は三角小屋の片付けと、母屋の倉庫の掃除、川西道路の側溝堀、小屋の玄関の薪の積みなおし。冬場の酒の買い出しくらいかな…車のタイヤ交換もあるな。先日の薪の整備に来てくれた友人たちのおかげで追われなくてすんでいる。ありがたい!

2016/10/18(火) 紅葉情報
 きのうあたりから奥志賀林道を行く観光バスが増えたのだけれどそれに合わせて紅葉が進んだようだ。
 観光業者が今年の紅葉のピークを予想して参加者を集めるのだろうがどうやってここの紅葉を調べるのだろう。東京の実家で新聞の折り込み観光チラシで秋山郷の紅葉見物という記事を見るのだがその都度どうだろうと考えていた。遅いか、早いか業者は予測で外れてもしょうがないということだろうと思っていた。
 今年は9月の気温が高く雨ばかりで僕には予想できなかったが業者はちゃんとピーク時にやって来る。たしかにきれいになってきたが地元のおじいさんがバイクを止めて見上げるような驚くような色付きにはならないだろうと僕は感じている。それにしてもここ秋山郷は紅葉の名所であることは変わりはない。来るのならこの1週間だぞ!

2016/10/17(月) 今年の紅葉
 志賀方面に向かう林道に観光客を乗せた小型のバスが走る。今年の紅葉は今のところ赤色の葉がパッとしない。今年はきっとこれからで来週辺りがピークだ。11月の連休の頃まで見れるのかもしれない。ただ感じるのは紅葉しないまま落ちてしまう葉が多いのではないかとちょっと気になる。これはあくまで僕の個人的な感じで先のことは分からない。ただこの先も気温が高いと予報は言う。こういう年もあって素晴らしい紅葉の年もある。世の中思い通りにはいかないもので悪いなりに楽しめるような成熟した感覚が大事なのだ。

2016/10/16(日) 予定をこなす
 昨日たてた予定は早くから作業して薪置き場を整備する。屋根のペンキを買いに十日町に出て陽のあるうちに帰る。後はゆっくりする。天気次第だ!
 今日は秋晴れで久しぶりにゆっくり作業をする。晴れたときにやっておかなければならないことはこの時期には多くて晴れれば忙しい。で、予定通りに動いた。9時前から薪を動かし玄関内に入れ込む。それから薪を積みなおし雨よけのカバーをして時計を見ると1時になっていた。昼はどこかその辺でとすぐにここを出る。日曜で右岸側はバイクの走る音がうるさいくらいなので左岸を走ってペンキと刷毛や雪囲い金具を買って帰り着く。6時を回っていた。
 今日もLEDのシーリングライトを取り付けた。明るくなった。目の悪くなった年寄りには大事なことだと感じた。
 十日町空にはきれいなひつじ雲が広がっていたし、昨日はきれいな満月を楽しんだ。少し余裕だな。晴天が僕に与えてくれた。

2016/10/15(土) 屋根掃除
 屋根掃除は半分終わって下流側の65平米は何時でもペンキを塗れるようになる。それと5寸勾配の屋根の一部も終えた。もちろん小林大工さんが来てくれたからでひとりでは上がる気持ちもない。先日確認したホースで水を撒いてデッキブラシで流した。きれいになった屋根を見ながら今週中に塗ってやろうという気が出た。ただ勾配のきつい所の作業はやりたくない。来春になって何人かで上がって一気に塗るようになる。それで、できればゆるい勾配の65平米はこの秋内にやりたいものだ。そうしないとまた来春に屋根掃除をやらなければならない。
 それと屋根にかかるサクランボの木の枝を雪のあるうちにハシゴをかけて切らないといけない。木に登って手のこで切るようになるだろう。誰か来た時に見てもらえれば僕が上るようになる。な〜にできる。ついでに実のならない山椒の木も切ろう。せっかく僕が植えた山椒だけれど大きくなったらサクランボの木の二の舞だ。
 で今日は薪ストーブを焚いた。温かい暑いくらいだ。たくさんある薪を腐らさないように早く焚いてしまおう。明日は薪を少し運んで屋根をつけて完成させる。時間があったらペンキを買いに行こうか!

2016/10/14(金) 大したことでなし
 あれから一本タバコを吸った。伸ばした足の先に何かが広がっていくのが分かった。
 テレビドラマの「ER」で看護師のアビーはアルコール依存症で時々タバコを吸う。アルコールはセラピーに出てまでもやめるのだが、タバコは冷たい視線を感じながらでも吸っている場面が出る。よく見ていると彼女は癖で手を出すのではない。困った問題や手を尽くしたが及ばなかった患者の死に接したとき外に出てタバコを吸っている。これだと思った。今日まで朝に2本帰って2本寝るまでに2〜4本くらい手を出していたがこれからはそういった生活のリズムの中にタバコを加えるのはやめよう。アビーのようにこころが疲れた時だけにしよう。とおバカは考えた。

2016/10/13(木) 原因は分かっていたのだ
 「血液もレントゲンも何の悪いところはない、あなたの咳や痰はたばこのせいでしょう。タバコをやめれば長生きできますよ。」
 お医者はていねいに説明した。僕はタバコを止めねばならないのかと考えた。
 日に10本と決めたのはなにも健康を考えてのことではない。倍に高くなったからでタバコはいつでもやめられると考えている。それでも中毒になって手放せなくなるのは情けない。あくまでタバコもアルコールも自分の決断のなかで対応するものだと考えてきた。ところがこの春ごろから咳き込む、痰が気道をふさいで息が出来なくなった。僕は最近の症状の原因ががタバコだということは分かっていたのだ。お医者に通わなくても自身の臓器が弱って来たからはやり目にも網膜剥離にも咳き込んだり痰が詰まったりするのだということは分かっていたのだ。でも、と言いつつひとつ後ずさって思うのはひとりで長く生きてもしょうがないじゃないかということで、吸いたいタバコを我慢するストレスもあるだろうと駄々をこねていた。病院を出てから我慢している僕は考えた。それでは自分の身体で実験をしたらどうかと!10本を3本に減らしたとき僕の咳や痰はどうなるのかと?ダメなおじいさんを僕はどこまで続けるつもりなのだろうか…
 「アア〜たばこ吸いてえ〜」

2016/10/12(水) 寒い、雨がつづく
 晴れるということだったが昨日も今日も濡れて帰った。こうなると洗濯物が乾かない。部屋に干されたシャツもシーツもストーブの熱をさがしているようだ。
 今朝の外気は4℃で寒いはずだ。霜が降りていないかと辺りを見回すほどだった。灯油のストーブではなく今度の金曜日あたりには薪を燃すようになる。冬だ!
 ダムも冬に備えて湖底の整備にかかる。ダム底から朝の青空を覗いてみる。この青空も昼までで、3時には降り出し6時には本降りになる。
 毎年、川西道の同じ場所で紅葉の変化を掲示板に載せている。今年は遅いのだがきれいになるだろうかと気になる。
 先日LEDの蛍光灯に替えてみると実に明るい。目が悪くなりつつある僕はすぐに14帖用のLEDのシーリングライトを注文した。明るくして心の曇りを消すためだ。きっと昼のように明るくなると僕は思っている。

2016/10/11(火) 仕事というものは
 このところ御普請組の作業もフルに出ることができない。その代り体調は保っていられる。今までいろんな仕事を勉強してきたけれど この御普請組の仕事は僕の最後の勤め仕事としては最高で楽しいものになった。これで元気でいられればいいのだけれどこっちはどんどん老人化が進むのだろうしこの調子でやっていければ上々である。
 薪割りと連休で6日ぶりに作業に出た。自分の仕事だと一気に終えるように続けるのだが御普請組ではちゃんと休憩もあるし昼には食事もできるし昼寝だってできる。暮らし方というものはこういう風にリズムがなくては長続き出来るものではないのだ。もっと自分に時間の余裕を作ってやらなければいけないようだ。

2016/10/10(月) 何となく、ぼ〜っと
 皆さんお帰りになってひとりでボーっとしている。これが結構いい時間で誰にも文句を言われずにいられることが今の時代ではめずらしいことなのだろうか。
 この歳になって敢えて火中の栗を拾う気はないがたまには「あんた!」と怒られることも面白いのだろうと思わないでもない。つまりここにいてもドラマがないんだな〜やらなければならないことは目白押しでいつも追いかけまわされているのだけれども曲がないということになる。ひとりでいることの怖さや寂しさを知ることは大切なのだけれどその対極にあることは人との関わりだろう。その二つを上手に使い分けられば申し分ないことだと僕は思う。残り僅かになった時間のなかでもう一つ知らなければならないことがあることに気づいた。

10月絵日記の続き


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