神戸ろんぐ日記
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2022/11/27(日) ニッポンチャチャチャ
こんにちは。

8区を走らせていただきました。一回の平尾です。

まずは応援サポートありがとうございました!


それでは、前日から振り返りたいと思います。

15:00 丹後着(空知さんありがとうごさいました)

16:20 宿舎へバスが出発

17:30頃 宿舎着
宿舎は(毎度おなじみらしい)坂元家。噂通り女将さんが元気だった。

17:45 
この日の練習が済んでいなかったのでコース上を藤代さんとジョグ。
車通りが多いので基本的にはなんとかなるけど、所々街灯が少なく、足下が見えずに危険を感じた。
スマホのライトで照らすか、先に走っておいた方が無難。

その後、宿舎の隣にあるニシガキで明日の準備。20時閉店のため注意。

19:00 夕食
食事では、四人で1テーブルだったので関西福祉大の方と相席。
早すぎたオーダー発表の真相を聞く。
良い人たちでした。
お茶碗が小さかったので米5杯食べた。エネルギー補給もばっちり。

20:00頃
お風呂は聞いていた通り、シャワーが弱かった。でも全然使えるレベル。
他大の人たちと合わなかったのでいつが混むのかわからない。他大と相席だと少し気まずいくらいの広さだった。

その後は永遠ダラダラ。変な緊張もなくいつも通りだった。
22:20頃就寝


6:20頃起床。アラームが鳴る少し前に目覚めた。
壁が薄いので僕の爆音アラームで隣の部屋に迷惑をかけないために急いでアラーム解除。

7:00
朝食では一番早く食堂に入ったのに、一番遅く退出。
青野さんに引けをとらない食事のスピードを見せてしまう。(藤代さん、大変お待たせしてすみませんでした。)

7:45
出発の準備をしているとレーススタート。
宿舎にWi-Fiがあったのでギガを気にすることなく観戦。

8:55。2区終わりぐらいに出発。

9:20頃中継所到着。
中継所では小学校の体育館で待機できて、アップも運動場でできるので神。

5区終わりくらいにアップ開始。
ガチでシードとれるやんってなる。

アップでもいつも以上に緊張することなく、心の問題はなし。
動きは100点ではなかったが、普通に走れるだろうくらい。





ここから本題。11:30頃 レーススタート。(ここから書いてる間にだんだん暗い内容になったので見たくない人はここまでで終わりましょう)

3’4-8-24-27-25-16-20-31-29-41-43-2’41 

7区終盤の情報が入らなかったので、6区終了時点から大阪、同志社、龍谷、神戸学院と8〜12位争いをしていると予想。
これらには全部に勝つのは難しくても半分以上には勝つつもりだった。
10000のシーズンベストは自分よりも上の人ばかりだったが、追い付けるのではと思えるくらいの差だから、勝負に集中。
差を広げないといけない状況であれば、途中情報が入ってから考えようと思った。


スタートしてはじめの2キロは下りだから予想通り速い。
集団の2,3列目にいたから繰り上げ組の集団が割れていたのかはわからない。

このままいかれると厳しいなと思っていると2〜6キロ手前までなかなかの向かい風。
ここで集団が牽制状態に。
3列目の中の方にいたのでキプチョゲごっこできて楽しかった。
このペースダウンのおかげで休めた。

ここまでで自分はいつもとは異なり、フォームを意識せずに走ってしまった。
良いフォームで走ってしまうと息が上がったのでそれを嫌がった。
でも腰が低かったことは明らかだった。
まだ直せる余力があるのに直さなかったことが後半のペースダウンにつながってしまった。

また、今思うと余裕が全然なかった。身体じゃなくて心の。
前の人の背中して見えてなくて、良く言えば集中していたのかもしれないが、客観的にレースを見ることができていなかった。
これも後半の失速につながってしまう。


レースに話を戻すと、
向かい風が終わる6キロ手前、天橋立に入る少し前に阪大の選手がレースを動かす。

はじめは対応できたが、天橋立に入って砂地の走りにくさで苦しくなってくる。
余裕があるはずだった前半でフォームの意識ができてないのに、しんどくなったところでフォームの意識ができるはずもなく、ムダな力を使う走りになってしまった。

ここで離れるという選択をしてしまう。
7区終了時でシード権内にいるならば、無理についていって大幅にペースを落としてしまうよりも大きく遅れないように走ろうと思ったから。

この選択が一番の後悔。

言い訳をして守りに入っただけ。前にがむしゃらについていく走りでメンバーを勝ち取れたのに自分の良いところを消してしまった。

その後もずるずるとペースダウンする。
前半フォームを意識せずに走ったつけが回ってくる。
足が動かない。
前もどんどん離れていく。

心に余裕をもてない。これも反省点。
しんどい時ほど自分を客観的に見るべきだった。

ラストも切り替わらず。

本当にいいとこがなにもないレースをしてしまった。

普段から自分ができていることもできなかった。




本当にみんなに申し訳ない気持ちでいっぱいです。




前半いい流れだったのに、、、
朝早くから一瞬走る自分を応援するために来てくれた人いるのに、、、




とか考えていると前を向き始めた自分の心がまたマイナスに戻っちゃいそうなのでこれ以上は思い出さないようにしたいと思います。



駅伝終わってから振り返るのが嫌だったのでほとんど思い出してなかったですが、これを期に振り返れて良かったです。



この悔しさを3日で忘れるやつは弱いままなので(某バレー漫画参照)
来年の丹後でシード権とるまで忘れずに練習頑張りたいと思います。

ちぎれそうな平尾を見ると「天橋立」と声かけてくれると嬉しいです。




とりあえず次の大体で悔しさ少し晴らしたいなと思います。


終わります。
ここまで暗い日記を読んでくださった皆様、お疲れ様でした。




それじゃあ、コスタリカ戦でも見てこようかな。(テストベンキョウッテナニ?)
頑張れ、ニッポン!!!


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