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2010/01/04(月)
年が明けたら(SS・部キャプ)
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「ねぇ、年越し蕎麦が食べたいんだけど」 ……そう言って大晦日にやってきた彼女は、材料だけ私に手渡すと、さっさと傍観の態勢に入ってしまった。 部屋の中央に置かれたコタツに我が物顔でもぐりこむと、近くにあった雑誌を読み始める。 それが他の人であったなら、こうもたやすく入室などさせやしないのに。 らしいといえばとてもらしいのだけど、相変わらずな彼女の突飛さに軽く眩暈がした。 それは困惑だったのか、それとも今そうして彼女の甘える相手が私だということを自覚したからか。 どう取り繕ってみても、多分後者で間違いないのだろう。 自覚する必要も無いほどに、思考が熱を持つのだから。 「っ……別に、上埜さ……久さんに料理を作ってくれる人は、私じゃなくてもたくさんいるじゃないですか」 それでも、口をついて出た微かな抵抗。 嘘はついていない。 事実だと思う。 だって大学でも、彼女の周りにはいつもたくさんの人がいるから。 その隣が私である必要なんか、どこにもない。 「あら、私は美穂子と過ごしたい、って言ってるのよ? 貴女は不服なのかしら?」 「そうじゃ、ないですけど……」 さらりと、彼女にそうかわされる。 ずるいのは、そうやっていつも私のところへ入り込んでくる彼女か。 それとも、そう答えてもらえることをどこかで知っていながら、嫉妬とも取れる言葉を口にした私の方か。 嫉妬する権利なんて、私には無いのに。 「……パーティーはどうしたんですか?」 「顔だけ出したわよ、顔だけね」 私達が所属している麻雀サークルとは別の集まりに、彼女が呼ばれていることは知っていた。 サークルでささやかなパーティーをした後、そちらに向かった彼女のことも。 きっと今日は、そっちの集まりでカウントダウンを楽しむのだろう、と。 そう思えばこそ、無用な期待もしなくてすんだのに。 「美穂子の方こそ酷いじゃない、すぐに戻るって言ったのに、私を置いて帰っちゃうし、いつまでたっても私の名前呼ぶ時につっかえるし」 「そ、それはだから、向こうのパーティーで過ごすと思って……って、最後のは関係ないじゃないですか!」 「あるわよ。大学に入ってからもう八ヶ月もたつのよ? それなのに名前はつっかえられるわ、こんなに近くに住んでるのに一度も自分からは着てくれないわ、寂しいったらないじゃない」 「そういう、ひ、久さんの方こそ、講義は気がつくといつも隣に座ってるし、ちゃんとご飯食べないし、勝手にずかずか部屋にあがってくるし……」 「何よ嫌なの?」 「嫌じゃないから困ってるんです!」 カッとなって私が発した言葉に、彼女も、そして私自身も動きが止まる。 「……」 「……」 「……お湯沸かします」 「そうね……」 沈黙をさえぎり、背を向ける私に、彼女の視線が注がれているのが分かる。 それでも、お互いに自分からは動かない。 相手の出方をうかがって、距離をはかる。 ずっとそうしてきたから、私も、きっと彼女も。 私は自然と一定の距離を置き、彼女は自然と人の間に入り込む。 積み重ねたお互いのスタンス。 春から、いえ、再会したあの頃から、私達はそれを今もまだ崩せないままでいる。 私も彼女も、とっくにこの気持ちの終着点を知っているのに。 「ねぇ美穂子」 「……なんですか?」 「思ったんだけどね」 先に動いたのは彼女。 思いのほか近くから聞こえた彼女の声に、振り向こうとした身体をその腕で拘束したのもまた彼女で。 引き続けていたラインを、あっさりとけれど確実に、彼女は踏み越えてきてしまう。 「そろそろさ」 直接耳朶に吹き込まれる、言葉の一つ一つに胸が震える。 言わないで欲しいのか。 それとも、言って欲しいのか。 この短時間で、先ほどからずっと同じような思考が回っている。 踏み出したいのか、踏み出したくないのか、そんな全ての問答に、分からないと答えた今日。 明日も、明後日も、その先もそうだと思っていたのに。 「新しい関係、ってやつ、始めてみない?」 もうすぐ新年だし、と冗談を付け加えて薄く笑う彼女の声に、私の顔も笑みを作る。 「……年が明けたらお返事します」 「新年だから?」 「ええ」 「いいわね、楽しみだわ」 するりと腕が外され、離れていく熱に私は振り返らない。 変わるのは、年が明けてから。新年まで後数時間。 どう変わるのかは分からないが、少なくとも退屈することはないだろう。 もう一度だけ小さく笑って、私は鍋を火にかけた。
あとがき(言い訳)
コミケ突発コピー本用その二。 付き合ってないけど両思いで、とっとと付き合ってしまえこのやろうな感じになった。 ていうか書いたのが朝方で最早ろくに記憶が無いというオチだったり。
2009/12/31著
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