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2006/07/04(火)
エムさん
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君が、我が家に来た日は台風だった。 君は、恐る恐る僕を見上げてた。 僕も、恐る恐る君を抱き上げた。 君は、ミルクの匂いがしてた。
その日から僕達は、親友になった。
僕は、犬の言葉が解るようになった。 君も、人間の心が解るようになった。 僕は、君に敬意を表して「エムさん」と呼んだ。
僕達は、よく海辺まで散歩した。 緩やかな下り坂、よくカケッコをした。 肩を並べて、よく沖を行く船を眺めた。 夕陽に僕達の影は、どこまでも伸びてった。
同じ風、同じ時間が、僕達に流れてた。
僕は、心に描くすべてを君に話した。 君は、小首を傾げ僕の呟きに耳を澄ましてた。 君は、やきもちやきだから・・・ 散歩の途中、あの娘に遭わないかとヒヤヒヤしてた。
叱られた夜、君を連れて家出した。 君は、何度も振り返りながら付いて来てくれた。 防波堤の灯台の下、君を抱きしめて泣いた。 君は、「帰って謝ろう・・・」って僕の頬を舐めた。
僕達は、トボトボと星を見ながら家まで歩いた。 僕達は、ベッドで一緒に丸まって眠った。
僕が、大人になってゆくのを 君は、優しい瞳で見守ってた。
僕が、東京に旅立つ朝・・・ 君は、ゆっくりと伸びをして・・・ そして、少し寂しそうに・・・ そして、少し誇らしげに・・・ そして、少し照れ臭そうに・・・ 僕の背中をいつまでも見つめてた。
坂を下る途中、振り向いた青空に 「エムさん、行ってくるよ」と小さく呟いた。
雑踏の中、自分を見失わないように必死で歩いてた。 憧れと、現実が交錯する街角で立ちすくんでた。 心を隠して、上手な作り笑いを覚えた。 寂しさを、自分を変える事でごまかしてた。
君を忘れかけてた夜・・・ 「君が星になった・・」と電話で聞いた。 ビルの上の四角い西の星空を見上げて・・・
独りぼっち、生きる意味を この街で、生きる意味を 君との日々を、思いながら 染み付きかけた、虚勢を脱ぎ捨て 僕は、久しぶりに泣いた。
僕は、最後の大人の階段をのぼった。
今も、挫けそうな時・・・ 今も、見失いそうな時・・・ 今も、投げ出しそうな時・・・
君の、励ます元気な声が聴こえる。
僕の心のグラウンドには 夢見た日の少年の僕と 「エムさん」・・・君がいる。
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