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2012/05/27(日) 「平清盛」第21回「保元の乱」イライラ編。
えーと…

保元の乱ですよね。

1話から20話までの間に、平氏と源氏と朝廷の三者それぞれで溜まりに溜まったマグマが一気に噴出する回ですよね。

サブタイトルも「保元の乱」ですよね。

最初から最後まで怒号と流血と馬のいななきだと期待するよね。

すいません。すんごいがっかりしたしイライラした。

・ここに至って、白河院と璋子の密通がどうのと長々とおさらいを始める後白河帝。戦闘シーンを見たいのにそんなところで時間使わないで。
・「家で祈ってる女たち」のシーンが多すぎ。いらん。この回は120%男の回でいいんだってば。女の視点とかいらない。戦闘シーンを見たいのにそんなところで時間使わないで。
・なぜか直接対決を始める清盛と忠正。あり得ない。嘘臭いだけ。ここに至って「清盛のもののけの血が」などと言い出す忠正。血にこだわりすぎ。しつこい。戦場でそんな話をするわけがない。

・鳴り物入りだった為朝の活躍は???


とにかくもう、戦場でベラベラしゃべる人が多すぎる。そこ戦場でしょ。青年の主張コンクールじゃないでしょ。とにかくもう、期待していたアドレナリン出まくりの合戦のカタルシスが全っ然なくて、消化不良もいいところ。

あーー…どうしてこうなった…。

前回は奇跡の一回だったのでしょうか。あな、あさまし。

(以上は本編視聴後の15分くらいで感情に任せて書きました。落ち着いて見直したら、また書くかもしれません。)

2012/05/26(土) 「平清盛」第20回「前夜の決断」
今回描かれるのは、鳥羽院崩御の7月2日、8日、9日、そして保元の乱当日の10日という4日間。1話で2〜3年進ませることが多かったことを考えると、保元の乱への力の入り具合が分かります。

鳥羽院の死に目に遭わせてもらえず、ずぶ濡れになって御所に戻ってくる新院。頼長も一緒です。(鳥羽院の臨終に駆け付けたら「先帝を呪詛した人だからダメ」とか言われて入れなかった、とかでしょうか。)兵を集めて権力を取り戻しましょう、と持ちかける頼長。

一方の信西は2人の動きを察知し(というか、それしか選択肢がなくなるように追い詰めた)、「悪左府様と上皇様にご謀反の動きあり!」と大声で宣言してしまいます。これはもう言った者勝ちで、「あっちが悪」という構図を作ってしまうのですね。

清盛邸でも作戦会議。「どうする?どうする?」という一門の前で、清盛は「どちらにも味方せぬ」。天皇方も新院方も平氏の武力がないと勝てないことを十分承知の上で、敢えてどっちつかずの態度を取り、恩賞をつり上げるというしたたかな作戦です。何やら急に棟梁らしくなったぞ、この男。

7月8日、いよいよ為朝が京に入ります。ここに至っても態度を明らかにしないじらし作戦の平氏に双方が苛立ちを募らせます。

清盛邸にやってきた信西。ショー・ザ・フラッグとかブーツ・オン・ザ・グラウンドとか言いに来たのかと思いきや、「帝がお呼びやさかい、ちょっと来なはれ」と呼びに来たのでした。

この後白河帝と清盛が対峙するシーン、非常に良かったと思います。青年の頃にはなかった落ち着きが清盛に生まれている。「合戦で力を発揮してみたって、お前らはしょせん武士なんだぞ」と後白河に言われても、うろたえて目が泳いだりしないのです。清盛が大きな男になっていると感じました。

7月9日。
合戦のため、伊勢から弟の忠直を呼び寄せた忠清。出たよ…殺されるためだけの人物が…。 なんかいたたまれない。為朝が新院方についたと聞いて平氏一門が動揺する中、清盛は「後白河帝につく」と宣言。今の世における武士の力を、帝が最も分かっているからだと。

しかし例によって冷静な頼盛は、「思い上がりだ」と反論。いくさは理念で戦うのではない。崇高なことを言ったって、負けては何の意味もないというもっともな言い分です。

清盛はその反論を受け止めながらも、単なる代理戦争に駆り出されるだけの戦なのか、これは?と問います。駆り出されているだけなら、そりゃ傭兵、犬だろう。そんなことをこれからも繰り返していくのか?そんなんでモチベーション上がんのか?というわけです。

しかし頼盛は、正妻の子。棟梁でこそないものの、嫡流の自負があります。すなわち、「自分には平氏を存続させる義務がある」という責任感。平氏全員で天皇方について負けたら――という危機感を覚えていました。

清盛一家は危険な洛中から避難。避難先まで源氏物語を持ってきている時子に重盛があきれ気味ですが、私もどこかに避難することになったら「平家物語」持っていくと思う。だから気持ちわかるよ、時子!(ちなみに以前「源氏」を読んでいた時は冊子だったので、今回避難先に持って来ていたのは絵巻でしょう。字だけの写本よりも絵巻のほうがレアでしょうから、時子は相当コアなファン)。のちに重盛と結婚する経子さんが初登場。

7月10日、戦の当日。
出陣する清盛・重盛・基盛を送り出す時子、なんとおめでた。この子が重衡なのか徳子なのかですが、1157年生まれの重衡でしょう。徳子の生年は55年とも57年とも言われていて、前者なら重衡の姉なのですが、このドラマではこれまで徳子が生まれていない以上、重衡の妹ということになるんでしょうね。

一方の義朝サイド。義朝が親兄弟と敵対することを憂える常盤ですが、由良は毅然として、存分に働くよう義朝を励まします。ここは由良の名場面でした。常盤が口に出した程度のことは、由良はもう1000回くらい逡巡してるんです。義朝・為義の亀裂を何年も目にしてきたんですから。でも自分がめそめそしていたら、義朝は思い切って戦えない。過酷な状況になるとしても、それも運命なのですから、腹くくって全力で立ち向かっていくしかないのです。

平氏サイドでは、新院方につこうとしていた頼盛を忠正が止めます。お前が裏切り者になれば、義姉上はどう思う?と問う忠正。

そして清盛のもとに到着した頼盛。忠正が来ないと知り動揺する清盛に、忠正からの言伝がありました。「お前とわしとの間に、絆などはなっからないわ」

血のつながった人物が一人もいない集団の中で育ったからこそ、清盛は一門という「血縁の結束」を大事にしようとしていました。その清盛が絆の有無を最も懸念していたのが、「お前なんか平氏じゃない」と言い続けていた忠正だったのでしょう。

清盛が思うより強く、絆はありました。それを、離反という形で伝えられたのです。

一人一人が苦しみ悩み、やがて一つの決断を下し、衝突します。苦しんだ末に覚悟を決めて戦いに赴きました。みんな全力だった。それが痛いほど伝わってくる回でした。始めから終りまで緊迫感に満ちていて目が離せない、非常に素晴らしい回だったと思います。

【今週のあっきー】
今週は源平がメインなので、何度か映ったものの台詞はなし。来週に期待。

2012/05/25(金) 更新情報&拍手お礼
昨日は暑くて、仕事帰りに誘惑に逆らえなくてコンビニでアイス(ピノ)を買い食いしてしまったんですけど、今日は一転して涼しい。寒暖の差が激しいですね。体調には十分ご注意ください。

【更新情報】
「人物考 藤原得子(美福門院)」に少し加筆。俊房(得子のお祖父さん)は輔仁親王派だったから失脚した、っていうのも分かるんですが、虚心で「尊卑分脈」を追ってた時の正直な感想が「村上源氏は二股」だったもんで…。

【拍手お礼】
25日午前10時台の方、感想お読みくださりありがとうございます♪ホームドラマと言われても、やはり平家のような結束の強さは源氏にも摂関家にもないですから、ああいう風に温かく描いてくれるとうれしいですよね。ここ数年の大河がホームドラマ寄りのものが多かったので、「また?」と思う人がいるのかもしれませんが…今年は戦闘や政争の場面も十分面白いですから、心配いらないと思いますけどねえ。よろしければまたおいで下さいませ。

2012/05/24(木) 更新情報&拍手お礼
五月晴れが続いていますね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

【更新情報】
「へいけものがたりがたり」内、「人物考」の藤原得子(美福門院)と池禅尼を大幅修正してUPしました。系図をもうちょっときれいに作りたい…。

【拍手お礼】
今日22時台に拍手下さった方、ありがとうございます♪井浦さんは本当にはまり役ですよね。保元の乱は楽しみなような怖いような…という気がしています。

2012/05/21(月) 「平清盛」第19回「鳥羽院の遺言」
近衛帝崩御からの続きですので、年は引き続き久寿2(1155)年。

大穴・雅仁(29)が即位したので、俄然発言力が大きくなった乳父の信西(50)が突如アイドルに。一方、転落したのが頼長(36)で、近衛帝を呪詛して殺したという噂を立てられ、内覧の地位を奪われてしまっていました。失脚後の頼長はどうしようもないので宇治に引きこもってたみたいですね。左大臣の会話の相手がオウムしかいないという、思いっきり負け組の描写です。実際、公春も幸子も他界していますから、近くで支える人がどんどん減っていたという状況は間違いではないと思います。

さらに追い打ちをかけるように、その「支える人」がまた一人減ってしまいます。「台記」によればこの年の8月27日、為義とともに頼長に仕えていた義賢が、義朝の長男・義平に襲われて死亡。初登場の義平、荒々しくていいですね。まさに悪源太。彼はウエットな場面が必要ないので、戦闘マシーンに徹してOK。

しかしあれですね、この場面、思いっきりヤクザの抗争ですね。敵派閥のリーダー格を子分に取り囲ませて追いつめて、満を持して進み出ると、とどめのピストルをぶっ放す若頭の図です。いやだって、弓矢って当たり前ですけど飛び道具ですから、距離のある相手を攻撃するためのものなのに、あんな2〜3歩の距離から射殺とか、外道だわー。極悪源太。

(ちなみに本郷和人さんは「謎とき平清盛」の中で、義朝の大庭御厨介入事件について「暴力団と県庁がぐるになっているようなもの」と表現しておられます。「平安末期の武士=ヤクザ」という認識はあながち間違いではないはず。)

平氏パートでは平滋子(14)が初登場。平時信の娘で、時子と時忠の異母妹です(時子と時忠は同母姉弟)。美しい滋子を時忠が清盛邸に見せびらかしにやってくると、野郎どもがわらわらと集まってきます。「俺は時子を妻にしているのだし、そ、それはちょっと…///」と、誰もそんなこと言ってないのに姉妹【自粛】の妄想を始める清盛(38)。誰か止めて。

割って入った忠清が「年齢から言えば重盛様か基盛様と…」と言い出します。確かに重盛18歳、基盛16歳なので妻を迎えてもおかしくありませんが、「我らにとっては叔母上だから」と重盛。継母の妹なので血はつながってないんですが、「叔母はやっぱマズイだろ」と考える辺りがやはり真面目です。一方、お気楽次男坊能の基盛は「別にいいじゃん!」とwktk状態。

…いや、それはそうなんだけど、そもそも重盛・基盛はどう見ても成海滋子より年下なんで、役年齢の上下と役者の年齢が逆転してるんですよね。だからここのやり取りは(かわいいけど)ちょっと苦しい。「もっと年上の方が」と口をはさんだ盛国GJ。そしたら忠正と家貞が鼻の下を伸ばし始めて、もう何なんだこの仲良し一門。個人的には、黙って襟を整えてる経盛がすごく愛おしかった…!「平氏のギャグパートいらない、ぬるい」みたいな声も散見されるのですが、私は「一門仲良しの平氏」が大好物なので、ああいう場面はほんと幸せです。

それにしても、「きれいな子が来てる」くらいで全員集合してるとか、よく考えたらあり得ないですよね。清盛の子どもたちはともかく、忠正や経盛(32)・教盛(28)はそれぞれ世帯を構えているはずですから。ひとつ屋根の下なのか平氏は。ほんの小さな出来事に愛が傷ついて部屋を飛び出したりするのか。悪左府が車椅子で登場するのか。しないか。

(ちなみにこのシーンで滋子が「好いた人と結婚したい」と発言するとTL上に「(去年の)江みたい…」というツイートが少なからず流れまして、大河ファンの間の「江アレルギー」の根強さを感じました。)

池禅尼の住まいにはちゃんとが作ってあるのが、なんだかファンとしてはうれしい。「池のある屋敷(池殿)に住んでいたから池禅尼と呼ばれていた」なんて説明はドラマの中ではされないのですが、「分かる人だけ分かってね」という感じでしょうか。

気を取り直して、朝廷パート。後白河帝即位の祝いの宴(成親の詠唱の声がなかなか良い)に新院(37)が不幸の手紙を送り付けてきたり、なんかもう修復不可能なことになってます。鳥羽院(53)は倒れ、病の床に。

源氏パートももはや修復不可能。義朝(33)は義賢を殺したことで為義(60)と完全に切れ、鎌田正清は「ついてけない」と言ってどっか行ってしまいます。

そうこうしてるうちにもう年が改まって冬も終わったらしく、新院(38)が夏直衣でご登場。とうとう流血の夏が来たのかと思うと、この夏直衣を見ただけで胸に迫るものがありましたよ…。美福門院(40)は落飾姿に。

そして7月2日、危篤となった鳥羽院のもとに新院が駆けつけますが、警護していた清盛が剣を抜いて立ちはだかります。にらみ合っていると鐘が鳴り響き、鳥羽院が閉眼したことを知るのでした。享年、54歳。

【今週のあっきー】
 鳥羽院と新院を和解させる!と清盛がしぶとく奔走して、鳥羽院の写経をあっきーに届けたりするのですが、この人もう前回ラストで人間やめて鬼になっちゃってますから、何言ってもだめです。ほーらビリビリ破いちゃったー。
 新院の境遇は本当に気の毒だと思うけど、悲しんでる井浦あっきーがこれまた美麗なんですよね。救われてほしいけど、悲しい顔もずっと見ていたいという、なんか倒錯した気分になってまいります。

2012/05/13(日) 「平清盛」第18回「誕生、後白河帝」
サブタイトルを「帝のご容体、かんばしからず」にした方がいいのではないかと思うくらい、このフレーズが連呼された回でした。近衛天皇が崩じて雅仁が即位し、後白河天皇が誕生します。「揺れ動く朝廷」がメインなので、清盛ははっきり言って脇役。正直、今回清盛が何をやっていたのかほとんど記憶にありません(^_^;)。

今回は仁平4年/久寿元年(1154)から。「近衛帝の容体はますます芳しからず」(頼朝ナレ)。

この回で(唐突に)家成さんが他界します。享年48歳。清盛元服の時から見守ってきて、忠盛・清盛親子に何かというと助け船を出してきた家成さんとお別れ…寂しい。家成さんが「感無量にございます」と言うと重みが全然違います。このドラマに家成さんがいて良かった。ありがとう。
この場面で藤原師光が初登場。なかなか性格悪そうな顔で、似合ってます。

新院御所では教長が「帝のご容体芳しからず」。新院(36)から助力を求められるも、断る清盛(37)。うろたえる井浦あっきーの表情が素晴らしい。新院のメンタルがかなり危ういです。

平氏の「主上ご危篤対策会議」では頼盛(23)が「帝のご容体芳しからず」。この時点では重仁(15)の即位が確実視されていたことから、「間もなく新院の世になる」との見方が大勢でした。経盛(31)が遠慮がちに「あのー」と発言を求めたのでみんなが「あっ経盛が何か言おうとしてる!」と注目するんですが、「上皇様にお味方したい」、なぜなら

「歌会に招かれたい…(//∇//)キャアッ」

ってえくぼ作って何言ってるのだお前は!乙女か!オトメンか!いや、ウタメンだ!!

ウタメン経盛にキレた忠清がつかみかかろうとすると、教盛(27)が真っ先に間に入ったのが良かったですね。兄弟愛だなぁうんうん。経盛が文化部なのを教盛は分かっているから、経盛の腕っぷしが足りない部分は自分が助ける、と思っていたらいいですね。教盛と経盛は正妻(宗子)の子でないという点で共通点があって、頼盛とも清盛とも一線を画しています。だからこの2人にはおのずと連帯感が生まれるわけです。この2人が壇ノ浦で一緒に入水するかと思うと感慨深いです。

相変わらず軽薄キャラの時忠(27)と、いつも一歩引いてる淡白な頼盛。この辺はもうお決まりの会話になりつつありますね。

この場面で池禅尼が「亡き殿の頃とはずいぶん趣が違う」とのんきなことを言っていますが、本当なら彼女は重仁親王の乳母なのでもっと深刻な板挟み状態になっていたはずなのですが…。このドラマではその事実に全く触れない方針のようです。まあ、今でさえ「分かりにくい」とさんざん言われていますから、加えて「忠盛の妻が新院の子の乳母」とか、ややこしくなりすぎるのでスルーしているのでしょう。
(あと、忠度がこの場にいないのはまだ幼い(11歳)からだと信じたい…。このあと出てくるよね…?)

そして待望の鎮西の八郎・為朝(16)が登場。

ガンダム立ちで現れましたよこの人。

考証の本郷先生が「為朝は現場でガンダムと呼ばれている」と明かしていたのですが、本当にガンダムでした。いいねいいね!為義の摂関家依存につなげたのも的確。

内裏では、中宮・呈子(20)が懐妊していなかったことが判明。父(養父ですが)の忠通(58)は「一人のお子もないまま、はかなくおなりになったら」と焦ります。忠通の見た目は最初からあまり変わってないようで、実は白髪が少し混じっていることに気が付きました。芸が細かいなあ。

信西(49)は雅仁(28)に対し、「帝のご容体芳しからず」と念を押し、「皇位が雅仁に回ってくるかもしれない、今が好機なんだ」と自覚を促しますが、雅仁は知らん顔で美濃の青墓に行ってしまいます。

近衛帝は病が悪化して失明。清盛は「新院と和解しろ」と鳥羽院(52)に訴えますが、さんざん冷遇してきてた新院の長男が即位しそうな今になって「今までごめん」とか、言えないよねそりゃ。

青墓のシーンは混沌として、異世界っぽくてよかったですね。乙前が出てくるところで、面を付けた子どもたちが何人も木陰から見ているのが面白い。「もののけ姫」のコダマみたいな、人間の子というより妖精という感じ。

久寿2年7月23日、遂に近衛帝が崩御。その数日前に頼長(36)が妻・幸子を亡くして喪中だった…という細かい事実がドラマでちゃんと書かれるとは感動です。のちに八条院となるあき子(19)の女帝案もしっかり出てましたね。鳥羽院は「重仁を即位させる、いっそ上皇を再び即位させてもいい」と言い出しますが、それでは雅仁推しの信西が賛成するわけがありません。「鳥羽院が自在に操れる方を皇位に」と主張するのでした。美福門院も信西に賛同したところで、東の空が白んできました。ついに決断を下す鳥羽院。

あっきーが固まったままお倒れあそばしました。

井浦さんの芝居力に感服しました。重仁の即位がほぼ確実視されていた中で、それを覆す決定。積りに積もった鬱憤を晴らせる最後の望みが断たれたのです。つかんだなら必ず救われると思っていたその糸の先が目の前から消えて、もうどこにも糸が見えなくなった、ドアを全て閉ざされた絶望感。そりゃ倒れます。「あ、この瞬間に彼は鬼になったんだ」と思いました。希望を全て断たれて、戻る道もない、行く道もないなら、人の心を捨てて修羅の道を踏み出すしかないじゃないですか。これは次回以降のあっきーの演技に注目です。

【今週のあっきー】
というわけで今回は新院が全部持って行きました。
井浦さんの芝居力を改めて見せつけられました。井浦さん、すごいですほんと…。井浦あっきーを見られることが幸せすぎる。

2012/05/12(土) 「平清盛」第17回「平氏の棟梁」&拍手お礼
第2部の始まりとなる17回。清盛が「平氏の棟梁」としてのスタートを切る…にしちゃホームドラマすぎる!という批判がTL上で目立った回でもありました。が、私は結構楽しく観ました。よくまとまっていたと思います。数週後には凄惨な保元の乱が待っているのですから、その前にこういう息抜き的な回があってもいいと思います。

まずは平氏一門が勢揃い。清四郎(のちの知盛)が何か言おうとして、清三郎(のちの宗盛)が「しーっ」てするのが微笑ましくていいな。清太、清次は元服して重盛、基盛に。頼朝助命で大きな役割を果たす平宗清さんも顔見せ。宗子さんは今回から尼姿になり、池禅尼(いけのぜんに)です。

弓の稽古シーンは、一門の若者たちの性格付け紹介。
重盛…うまいけど力入りすぎ(真面目)
基盛…力抜けすぎ(お気楽次男坊)
経盛…そもそも弓を引けない(完全に文化部)
教盛…剛勇キャラ(やっぱ能登殿の父だから)

時子は、清盛が棟梁になって初めての宴の支度をします。が、食材が足りなかったらしく、なんとも寂しいお膳になってしまい、キレる清盛。「ならば楽でも奏してほしい」と頼盛がリクエストし、「そういえば義姉上の和琴、久しぶりに聞きたいです」と忠正も乗っかる。忠正はどんだけ義姉上が好きなんだ。 池禅尼ファンクラブ会長でしょ、この人。そうでしょ。

ところが時子は、「琵琶はとうに辞めてしまった」と言い、「稽古しても上達しないから面白くない」と至って正直。

さて、清盛に会って「祝いを申す」などと似合わない発言をする義朝。上機嫌のわけは、美少女・常盤を妻にしたことでした。支える女の役割は大きいのだなあ、うんうん、と感心した清盛は寝床でその話を時子にするわけですが、
時子、寝とる。口あけて寝とる。
いや、この場面、「時子が寝てるオチ」だというのは一目見て分かるんですけど、でも私結構ここが好きなんですよ。時子の口が開いてるのを清盛が直す所なんか、温かさを感じました。

源氏サイドでは為義の次男、義賢(よしかた)が登場。義賢をドラマで見られるなんて…この時代を好きでよかった…!しかし為義も通清も、白髪が増えたなあ。

再び平氏サイドでは、書の稽古を嫌がる基盛。「稽古しても上達しない」とこぼしとります。継母の口癖うつってるよ、この子(笑)。それを諭す重盛があまりにも真面目で、一緒にいたらたぶん疲れる。「はいはい、分かりましたよ」という基盛の台詞が年相応で、笑ってしまいました。現代っ子ぽい(笑)。

で、時忠はなぜか清三郎に「清盛様は重盛と基盛が好きなんだぞ。お前いらない子だからそのうち寺にでも入れられるんじゃね?」と吹き込んでしまいます。何を言い出すのか、このチンピラは。

庭では清盛が歌を読もうと苦心していました。家成が主催する歌会で、「春」の題で歌を詠めと言われたからです。そこへ、清三郎が(時忠がいらんことを吹き込んだせいで)泣きわめいているというトラブル発生。書も弓も太刀もやりたくない!とむずかる清三郎に、腹を立てる清盛。「家のことはお前に任せておったのに!」と時子を責め、さらに「明子ならもっとしかとした、棟梁の妻になっておったわ!」となじってしまいます。

「言ってはいけないことを…」というツイートでTLが埋まりました。

(実はこのシーン、4月28日の磯CPトークショーでも流れたんですが、その時も私の隣に座っていた男性が「いちばん言ってはいけないことを…」とつぶやいておいででした。そうだよね…)

しかし清盛自身も棟梁としてはまだまだ至らないんですよね。だからこの台詞は、棟梁という役割にまだ自分が慣れておらず、うまく回っていないことへの苛立ちをぶつけただけとも考えられます。単なる八つ当たりというか。

そして、いよいよ歌会。清盛はあえて「春」のお題を無視し、子供たちの名を詠み込んだ歌(?)を披露します。ここで清盛が「わが子なり」ではなく「われらの子なり」としたのがすごくいいなと思いました。「われら」は「清盛・時子夫婦」とも取れるし、「平氏一門全体」とも取れる。母が誰とか、血のつながり云々じゃなく、一つのファミリーなんだよと。

【今週のあっきー】
今週は雅仁との碁のシーンと歌会のシーン。歌会での清盛の歌に対する「いや、それ以前に…もはや歌ではない」という呆れた一言がかなりツボでした。今まで憂いのある言動ばかりしていたので、この一言が妙にコミカルに思えて。清盛みたいな規格外の言動をする人間って、あっきーからするとどんなふうに映ったのでしょうね。

一方の左府は、清盛の歌が「春」のお題を無視していることになぜかキレる。キレるポイント、そこなの!? あれですね、「海側の禁煙ルーム」を予約して、ホテルに着いたらなぜか「山側の喫煙ルーム」に変更になりましたって言われて、「なんで喫煙ルームなんだよ!!」ってキレてるみたいな。そこじゃないだろうよ、っていう…。頼長面白い。

これはですね、左府はお題が春と聞いて、嫌々ながら頭をひねって、数日かけて一首用意してきたのです。そしたら清盛があっけらかんとお題ガン無視の歌(?)を披露したからキレた。自分の頑張りが無になるのが許せないんでしょうね。超・真面目人間です。

最後は清盛が戻ってきて時子が琵琶を弾き、丸く収まりました。

で、次から保元の乱へ一直線でございます。

【拍手お礼】
5月4日21時台のかた>15回感想&磯CPトークレポお読みくださり、ありがとうございます!これまでの清盛は時に「青臭すぎる」言動がありましたが、ちゃんと成長してますよね。磯CPも試行錯誤しつつも、ドラマには自信があるのが感じられました。ますます応援したくなりましたよ〜。

5月1日、2日、7日に拍手下さった方々も、ありがとうございます♪

2012/05/05(土) 「平清盛」第16回「さらば父上」
父・忠盛が他界して第1部終了という区切りの回。どっしりとした落ち着きを見せ、要所を引き締めてきた忠盛が遂に退場です。大河ドラマ「平忠盛」最終回と言ってもいい、第16回です。

久安6(1150)年。摂政・藤原忠通(54)邸(東三条邸)に為義(55)と郎等たちが乱入し、氏長者(藤原氏のトップ)の証である朱器台盤を強奪します。父の忠実(73)が頼長(31)を氏長者にするため、為義に命じたのでした。長男がいながら次男を後継ぎにすると、ろくなことにならないというのは歴史が教えるところ。為義・義朝親子の確執も似たような感じです。朱器台盤奪取というミッションを遂行した為義ですが、摂関家では床に上がれず、庭に畏まっていなければならないというのが「アゴで使われてる犬」感100%。「みっともなくても、生きるため」と腹を括っているらしい為義ですが、義朝(28)には理解できず、親子は離れていくばかり。

院の御所ですれ違う為義と忠盛。「そなたとの約束を果たす」と為義が真剣な顔で言いますが、

忠盛「やくそく? (・д・)」

おいおい覚えとらんぜこのおっさん。

第4回「殿上の闇討ち」での約束でした。20年近く前(1131年)のことですから忘れてても仕方ない…か?

清盛は盛国・兎丸らを連れて、任国の安芸入り。「清盛様が国司とは」と感慨深げにお菓子を食べている家貞、どんどん白髪が増えていますが、平治の乱のころには仙人みたいになっていたらどうしよう。

咳き込んで寝込む忠盛。烏帽子を置く台があるのか〜。宗子さんは見た目年齢が変わらんねえ。どんなスキンケアしてるんでしょうか。一体何歳なんだ。彼女は生没年未詳なのですが、夫の年齢を考えると40代後半〜50過ぎくらいか。

一方の安芸では、神職の格好をした温水洋一さんの案内で清盛一行が厳島神社にやって来ました。その荒れた様子に、「神々も逃げ出しかねない風情」などと真顔でひどいことを言う盛国。

この「清盛と郎等たちが、厳島神社で舞を見る」というのは「新・平家物語」へのオマージュでしょう。「新・平家」の冒頭に、そういうシーンがあります。

こちらは、自邸の庭先で物思いにふける忠盛。「夢中で生きていれば、なぜ武士が今の世に生きているのか分かる」と舞子に言われ、夢中で生きてきたが、いまだ分からん――とつぶやきます。忠盛の問いは、一代で答えが出るものではなかったのですね。

(今回は1150年から始まって53年で終わりですが、どこで年が改まっているのかが分かりにくく、意図的にぼかされている気もします。「宗盛は5歳」発言の時点で1151年のようです。)

一方の内裏。中宮呈子の雑仕女になった常盤ですが、分かりやすい新人いじめ(常盤が美女なので先輩からの憎悪も5割増し)に遭っておりました。雅仁親王の同母姉・上西門院統子(むねこ)(26)も顔見せ。

冒頭で氏長者になった頼長が内覧の地位も手に入れ、焦る忠通。それに対し、「もっと煽って差し上げましょう」と戦闘態勢の美福門院(35)。この最強感。なんという女狐。

平氏パートに戻り、自邸に戻ってくる清盛。「忠盛が病臥している」と時子から聞き、動転して父のもとへ。大慌てで駆け付けたときは、何も起こっていないというのは鉄則ですね。いつも通りの忠盛に、扇子でおでこをぺちっと叩かれてしまう清盛。

扇子って…扇子って…

顔を隠して良し、指示棒にしてよし、相手の帯から抜き取って顎を持ち上げて良し、おでこを叩いて良し。時代劇の最強小道具です。楽しすぎる。

「安芸で船を作れそう!超面白そう!」とやる気満々の清盛を見つめる忠盛が思い残すことない顔してます。

源氏パートでは、由良の計らいで為義・義朝が夕食をともに…するはずが、家成(45)邸襲撃の命令が頼長から下り、為義出撃。頼長邸の前で家成の家人が下馬しなかった報復でしたが、実はこれは美福門院の策略。鳥羽院が頼長を疎むように仕組んだのです。

父との関係が悪化していく義朝ですが、そこで駆け込む相手が由良ではなく常盤(14)というのが…。そ、それでいいのか。
由良もいろいろ考えているのにな…(´・ω・`)

今度は頼長邸襲撃の命が策士・美福門院から平氏に下りますが、清盛は「院と摂関家のいざこざに巻き込まれるために生きているのではない」と断言。この台詞は良かったと思います。王家と貴族が世界の主役だという前提そのものを拒否するという決意が感じられました。忠盛も、「分からん」と言っていた武士の存在意義を気付かされたようです。

次の場面ではいよいよ、忠盛が「次の棟梁は清盛」と宣言。清盛が恐る恐る宗子に目をやると、宗子が黙ってうなずくという無言のやり取りが印象的でした。前回までのトラブルとその修復が思い出されて、見ている方も感慨深い。

再び安芸に赴く清盛一行を見送る忠盛。縁側でよろけて、宗子に支えられます。このシーンもとても温かくて、中井忠盛・和久井宗子夫妻は大成功だったなと改めて思いました。

安芸の海岸でまどろんでいる清盛の側に、いきなり忠盛が現れます。「あーこれ夢だな」とすぐ分かるんですが、すごくいい場面。海岸の2人を引きで撮ったのもいい。幼かった平太を「強くなれ!」と一喝した忠盛が、「強うなったな、清盛」と笑顔で声を掛ける。そして消える。こういう死別の表現もいいですね。成功していたと思います。感動的でした。

忠盛は享年58歳、当時としては平均的な寿命です。このとき清盛は36歳。次回以降、平家を背負って立つことになります。

2012/05/04(金) 「平清盛」第15回「嵐の中の一門」
 久安5(1149)年。前回ラストで帰らぬ人となった家盛が、物言わぬ帰宅を果たします。享年23歳。
 このアバンタイトルは、宗子さんがぶっちぎりで持って行きました。ここまで、忠盛(54)の舞子への思いに動揺しつつも平静さと丁寧な物腰を保っていた彼女が一気に崩壊。「嘘じゃ、嫌、嫌、嫌じゃ!」「触るでない!」。「ですます」を取り払った、心と外界の間に何重にも置いていたであろう堰を全て押し流す、生々しい言葉。和久井さんは宗子役を「難しい」と思っていたそうですが、この場面は見事でした。

 清盛(32)邸を訪れ、家盛が落馬の寸前「兄上」とつぶやいたと伝える頼盛。頼盛はどこか冷めており、清盛との間には距離があるようです。

 落雷で燃えてしまった高野山宝塔の責任者となった清盛。7月に高野山へ行くと、佐藤義清改め西行に偶然出くわします。1140年の出家以来、9年ぶりの再会です。23歳だった二人は32歳。言葉づかいも丁寧になっています。「お前何してたの?」という同窓会のような雑談をしていると、近所の娘たちが押し掛けてきてプレゼント(食料)の嵐。イケメンは頭を剃ってもイケメンで、若い女性にモテモテとは、何という世の不条理でしょうか。(それにしても、本作の坊主頭メイクは本当に坊主に見える。)

 翌、久安6(1150)年。近衛帝(11)が元服し、左大臣頼長(31)の養女・多子(まさるこ)が入内。多子をドラマで見られるとは、うれしい!一方の忠通(54)も、養女・呈子(しめこ)の入内を画策。

呈子… (・ω・)

見た目はどうも、残念な感じでありました。そのお嬢さんじゃちょっと不利だろ忠通。

さて、こちらは新院(32)の邸。雅仁親王(24)も同居してます。

【今週のあっきー】
 兄に対して畏まる雅仁に対し「我ら兄弟ではないか」と言葉をかけるあっきー。が、その目は雅仁ではなく虚空をふらついていて落ち着かず、はおった着物を引きずったまま庭先に出たり、情緒不安定が慢性化しているらしい。「今の帝さえお生まれにならなければ」「いっそ、そなたほど潔ければ」というつぶやき、藤本先生よく分かっていらっしゃる!と思いました。「優しくて繊細な歌人」の面がある新院ですが、決してそれだけの風流人ではなく、「政治権力を握りたい」という生臭い欲を最後まで捨てられなかった、野心の人でもあると思うのです。芸術に生きようと決めてしまえば、西行のように出家して、政争の生々しいあれやこれやを全て断ち切って清浄な世界に遊べたかもしれないのに、それはできなかった。権力の望みにすがり続けた人なんです。そこが彼の人間臭さであり、悲しみでもあるのですよね。

 変わって忠盛サイドでは、宗子の慟哭・その2がスタート。取り乱して舞子の鹿ツノを折る宗子に、言葉が出ない忠盛。宗子は忠盛の「志」を信じて、清盛が嫡男だと自分にも家盛にも言い聞かせてきたのに、清盛と家盛は衝突し、家盛は死んでしまった。自分はいったい何を信じてきたのか、家盛を苦しめて、自分が家盛を殺したのではないか――という気持ちだったのではないでしょうか。そう考えると、彼女が忠盛を責めるのは八つ当たりなのですが、忠盛も責任を感じているから何も言えないのです。

 ばらばらになりそうな家族の有様に落ち込み、宝塔再建を投げだしそうになる清盛。そこへ訪れ、清盛を励ます美坊主・西行。ここでの西行の真剣な眼がいい!

 源氏サイドでは、相変わらず為義(55)とうまくいかない義朝(28)。仲良くなったらしい常盤(13)は、呈子の雑仕女にスカウトされます。嫌がる常盤ですが、義朝の説得で宮仕えすることに。この常盤の変身シーンが視覚的にすごく面白い。着物を着替え、髪をとかして(おそらく、つけ毛をつけて)白粉を塗り、額に眉を置くと平安美少女の出来上がり。こういう、化粧や装束を効果的に見せるのは映像メディアならではでしょう。

 さて得子あらため美福門院から公卿への昇進を示唆され、「あと一息」と口にする忠盛。ところが通りがかった頼長に、「そういえば家盛が死んで1年たったねー。問題児の兄貴の下で、ストレスたまってたみたいよ?お前のほうが後継にふさわしいって言ったらコロっと落ちたからヤっちゃったわ」と、得意のほくそ笑みで告げられて大ショック。(ちなみに、ここで秦公春が登場。)

 こちらは曼荼羅制作見学中の清盛。色塗り中の絵師に「やってみる?」と言われて、絵付けにチャレンジ☆と思ったら、板敷きの床をドスドス踏み鳴らして忠盛が帰宅し、「やめよ!」と命じます。頼長の言葉に、心の軸が折れかけです。
 財力を投じて王家に貢献し、高位に登れば全て報われると思っていたが、そうではなかった。何をしても無駄だ、武士が世を変えるなどできない――と喚きます。が、清盛は至って冷静。「忙しゅうございます」と静かに告げ、絵に戻ろうとします。これまでの「カッとなりやすい清盛 vs どっしり構えた忠盛」という関係が逆転しました。清盛2.0誕生の瞬間です。忠盛に蹴られても(2人のお坊さんが本気で驚いているように見えた…)床を這って絵に戻り、頭から流れる血で絵に色を付ける清盛。

そこに宗子が登場。曼荼羅を見つめたときの柔らかい笑顔が、何かを取り戻したようですごく良かったと思います。思えば忠盛も宗子も、「家盛を死なせてしまった自分たちはどうすればいいのか」を難しく考えすぎていたのです。舞子がどうの、志がどうの、昇進すれば浮かばれるのと。そんなことはどうでもよかった。家盛は清盛を兄と慕っていた、清盛も家盛を可愛がっていた、その思いさえ確かなら、悩むことなど何もなかったはずなのです。

こじれにこじれつつも、そこまでたどり着けた――というところで平家パートは終了。為義の忠通邸襲撃をチラ見せし、この回終わり。

今回は清盛の父越えと、家族の修復が感じられて良かったです。泣けた!


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