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2012/12/29(土) 「平清盛」第50回「遊びをせんとや生まれけむ」
大河ドラマ「平清盛」も、ついに最終回。

なのですが、実はこの回に関して書きたいことはそんなに多くありません。終盤のヤマである「清盛の夢のバトンタッチ」はもう済んでしまっているので、後は清盛が死ぬだけです。

個人的に印象深かったのは2カ所。

・西行の「清盛の一生は美しかった」発言
 西行は登場当初から、「美」を追求する人として書かれていました。その彼が清盛の生きざまを「美しかった」と評したのは良かったですね。彼は清盛の若いときも、中年くらいの最も乗りに乗っていた辺りも、年老いて狂気が前面に出るようになってからも全部見ていて、それらを全部ひっくるめて「美しい」と言っている。子供のような無邪気さが、きらきらと眩しかった、みたいな感じでしょうか。西行は早くに世を捨てたので、清盛とは対照的な人生だと思いますが、にもかかわらず分かり合っているというのがグッと来ます。

・清盛が一門の面々に遺言を伝える。
 イタコじゃあるまいし、西行を便利に使いすぎだろ!みたいなツッコミをしようと思えばいくらでもできます。が、

松ケン清盛が話し始めるや、んなことはどうでもよくなります。

思えば、清盛は平家一門の人々に対して、常に「棟梁」として接していました。重盛に対しても「父」じゃなかったり、経盛や教盛に対しても「兄」じゃなかったり。だからこんなに穏やかな表情で語りかけているのが新鮮。特に、徳子を「もののふ」と称えたところは泣けました!徳子(建礼門院)は自己主張をしない人というイメージが強く、ともすると「意志が弱い」「周囲に流されるだけ」とされ、現代ではあまり評価が高くない女性だと思います。その彼女をこうやってきっちり評したのは、すごくうれしかったです。

その後はもう、怒涛の駆け足展開。壇ノ浦やって、腰越状やって、弁慶が立ち往生して、頼朝が上洛して。

で、エンドロールですよ。

ちょっと何これ反則。

竜宮城じゃないですか。平家の皆さん勢揃いじゃないですか。重盛がいるじゃないですか。平家一門がたどってきた道のりを思い出してまた泣きそうになってしまったではないですかー!

それにしてもラストの映像、海がきれいでした。国と国とを媒介して、人や物を運び、出会わせる海を清盛は愛し、そして平家一門は海に消えていった…切ない。

内容的にかなり詰め込んだという感じはあるものの、しっかり感動的な場面もあり、納得できる締めくくりになっていたと思います。大河ドラマを全話見たのはこの作品が初めてです。第1回のスタート以来、1年間楽しませてくれた制作陣、俳優陣に「ありがとう」と「お疲れ様」を。

さて、最終回まで終わりましたので、全体を振り返っての感想を書いて、終わりにします。

そもそもこのドラマは、悪役のイメージが強い清盛が「先見の明があり、大きな夢を抱いていた大人物だと示す」ということが目的で、もう一つは「清盛の青年時代を描く」ということでした。平家物語では、最初の時点でもう清盛が年を取っていて、若いときの姿はあまり知られていないので、これも彼が悪役に見える一因なのです。

で、この二つの目的は達成されていたのかというと、前者は70点、後者は40点くらいではないでしょうか。

まず「清盛の大きな夢」ですが、これは貿易の場面がかなりあったので良かったと思います。同時に「清盛の考えは先進的すぎた」という描写もあるので、貴族や寺社から反感を買ったというのも分かる作りになっていました。

残念だったのは、清盛が「新しい世」を作ろうとしていた動機を、母を殺した実父・白河院への復讐という、極めて私的なものに落としてしまった点。もちろん、前にも書いたように、血のつながりよりも精神的つながりの方が強いという提示は私は嫌いではないのです。安易な親子愛や兄弟愛賛美なんかより余程奥が深いと思います。しかし一方で、人物が「つねに極私的な動機でしか行動しない」ように見えてしまうので、諸刃の剣のような気もします。

二つ目の「清盛の青年時代」ですが、青年時代の清盛は正直、描こうにも事績がありません。派手な海賊退治の場面以外は、個性的な人物がうごめく朝廷パートのインパクトで持っており、平家パートはときどき挟まれて、ドロッドロの朝廷パートの休憩時間みたいになっていた、というのが実際のところでした。

その結果、前半(保元・平治の乱まで)は個性的なキャラクターが視聴者を引き付け、キャラの魅力で持っていた面がかなり大きかったと思います。鳥羽院、崇徳院、頼長、信西などはかなり人気が高かったのではないでしょうか。

そして保元・平治の乱で彼らの大半が退場してからは、必然的に苦しくなり、大きな合戦もなかった秋ごろはやや失速気味でした。そんな中、平治の乱後から存在感が出てきたのは重盛と、その義兄の成親。さらに、彼と並ぶ院近臣の西光。彼らがクローズアップされた鹿ケ谷事件とその前後が、後半の一つのピークだったかなと。

じゃあその後は見所はなかったのかと言うと、松ケン清盛の老人演技がインパクト大でした。彼が清盛を、その死まで演じると聞いたとき、不安の方が大きかったです。20代でそんなことができるわけがない、不自然になるだけだと思いました。ところが実際には、かなり手の込んだ老けメイク。そしてそれ以上に、どう見ても老人にしか見えない身のこなし、表情、話し方。ここまでできる人だとは思いもしなくて、これにはもう「参りました」です。

いろいろと書きましたが、今年は上記のような「穴」は少なからずありながら、「今までにないドラマを作る」という意気込みを強く感じましたし、それを1年かけてやり切ったのはすごいことだと思います。音楽も素晴らしかったし、衣装も映像も私のツボで、ストーリーと同じくらい、視覚的にも魅力の尽きないドラマでした。繰り返しになりますが、一年間本当に楽しかったです。制作に携わった方々、ありがとうございました。


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