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2010/09/09(木)
再び「連赤」を見る
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前回はずいぶん落ち込んだ気分で日記を書いてしまったので、今日は映画の話でも。以下、敬称略。
先日、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」をDVDで見ました。連赤関連本(「十六の墓標」「あさま山荘1972」「兵士たちの連合赤軍」など)を読んでから見ると、映画が当事者たちの手記にかなり忠実にできているのがよく分かります。思い付くだけでも、持原の灰皿投げ、加藤末弟の「助かった奴は誰もいない」発言、植垣の靴が壊れて坂口と交換…などなど。
あと気付いたこと。
・最初、坂東の眉の整え方は70年代にはありえないだろうと思っていましたが、植垣の本では坂東は変装のために眉を細く剃っていたらしいので、あながち間違いではないのかも。
・行方が総括要求された理由が未だに分からない…
・遠山の批判の一因になった指輪、よく見たらすごい大きな石がついてます。そりゃ目立つわ。
・最後まで良心のかけらを保っていたらしい山田孝がリーダーだったらこんなことにはならなかったんでは、と考えてしまいます。塩見の側近でブント京都府委員長もしてたんなら適任だろうと思うのですが。彼の味方が赤軍派内にいなかったことが災いしたのかな。森には坂東がいて、その下に植垣や青砥がいましたが。それにしても、山田の奥さんが獄中の森に花を差し入れていたのは何だか不思議です。許せない相手じゃなかったのかなあ。
・森を赤軍派に復帰させておいて、自分はよど号で北朝鮮に亡命してしまう田宮。森はハイジャック計画を知っていて加わらなかったのか、加わらせてもらえなくて置いてきぼりをくったのか、よく分からない。ただ、「1972」だと思うけど、森が「日本に骨を埋めるべき」という発言をしていたことを考えると、あえて日本に留まったのかなという気もします。
・音楽とナレーションは、やはり良いね。
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