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2007/08/07(火)
倉敷にがおえエレジー 題8回
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「まぶしいな・・・」眼を開けると、この真夜中に警官が二人、不審そうな顔をして立っているじゃないか。懐中電灯を突き出し、腰はヘッピリだ。横を見ると、迷宮は例によって「悲哀」そのもののような眼つきをし、田島は土の中に潜った蛙が俄かに掘り起こされたとでもいうような面構えだ。「あんた達、何しているの?」「何しているって、ごらんの通り寝てますけど」「・・・・・・・?」二人の警官とも、口を半開きにしてまるで鳩が豆鉄砲を喰ったような面持ちである。「イヤ、仕事は何をしているのかと聞いておる」こんな風来旅をしていると度々こんな職務質問がある。故に俺は馴れたもので頭鉈袋をヒックリ返し、有名人の似顔絵、スケッチブ ック、筆入れ等を順序よく並べ「人の顔をデッサンし、それと引き換えに金を貰って旅している。つまり似顔絵かきです」と素直に言うたもんだ。それは俺が宿命論の信者だから何でも因縁だと諦めることにしているからである。水素と酸素が結合して水になるのも因縁だ。こうして警官がやってくるのも前世の因縁だと思うと腹が立たない。俺の思想はかくのごとく簡単であり明瞭である。ところが明瞭でないのは彼等である。今度は野外イーゼルを風呂敷に巻いたものに眼を付け「開けて見ろ」という。顔の真ん中に芋虫みたいなボテボテした鼻が座禅し、鼻ばありの警官がだ。彼にすればその物体に猟銃でも入っていると考えたのかも知れない。しかし、大道ニガオエ描きにとってイーゼルとは、サムライの刀、釣り師の竿、色男のネクタイみたいなもので絶対の必需品なのだ。迷宮独特の紆余曲折的な説明に警官はウンザリしたのだろう。「ニガオエ描き?そんな事して何の役に立つ、もっと建設的なことをせんとオエン」いかにも不機嫌にいってグルッとあたりを見回した。
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