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2007/08/28(火)
倉敷にがおえエレジー 題25回
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同棲していた時だ。イタリアの画家・コレッジョの版画を見て唖然とした事がある。それは三人の女が木に縛りつけられている男の側に喰っ付いている絵であり、「情欲」という女は男を挑発しており、「悪習」という女は男を枝に釘付けにしており、「嫌悪」という女は男の脇腹に毒蛇をあてがおうとしているのだ。その男の顔は創造を行う能力を諦めきって柔弱遊惰に溺れきっている。束縛に甘んじ隷属している。壊れた時計みたいに意思のゼンマイが緩みきっている。こういった事が同一の画面に全部表現されている。俺はこの絵を見てこの画家の霊筆に驚嘆し、女には一言も告げず旅に出たゲーテや吉田兼好を想起した。ゲーテは正しかったのだ。彼は恋に取り憑かれると取るもとりあえず旅に出ている。そして結果から言えばうまく恋愛の危機をかわし「マリエンバート恋歌」を書き上げている。七十四歳の男が不滅の作品に昇華させたのは恐れいるのだ。立場が違うが釈迦しかり、シェクスピアしかり、兼好しかり、フーテンの寅・・・・etcだ。
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