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2007/04/04(水)
ホームレス画家のホームレス訪問記@
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流浪の終点は死である。
勿論、一直線に生きた方の終点も死であるが、絵筆とスケッチ・ブックだけ持って出かけた。 己の部屋から出て行くことはパソコンや本棚から離れること、持っているものから離れるのことなのだ。それからお手伝いや友人や銀行通帳とも離れるのである。
なんと素晴らしいことだろう。
裸で生まれてきたのに生きているうちに色んなものが纏いついてしまう。 それはその時の状況では垢やダニである。 持ち物、家族、友人。失礼だがお客さんまで垢やダニに感じてくる。その垢やダニから離れることが出来るのである。
今回は一期一会で知り合った、車上ホームレスのカメラマン氏と同行であるが・・・ さて私達の行く先は観光地でもなく、風向明媚な所でもない。ホームレスの住んでおられるような所である。
この車上ホームレス氏とは二・三日前、倉敷・美観地区で知り合い、私の家に来てくれたのである。 氏は大阪・泉南地方のあるIT関係の仕事をしていたが、やり手で同族会社が赤字を出したことにより、親会社より派遣されたのだが、氏は何事でもズバリという性格で煙たがられるようになる。 ある意味では会社で仕事をする事は出る杭はうたれる。況や、家庭や仕事、あるいは財産など執着するものを持つことによって正直な言葉や行動をおこせないことが多い。
可哀想な人を見ても、眼を閉じて見ぬふりをし、言いたいことも大部分、唇の奥に閉じ込めてしまう。そういう垢をスーツで押し隠し生きているのである。
氏はそれが許せなかった。孤軍奮闘するのだが気がついた時は病院であった。
社長は氏に休養を命じ、給料払うからしばらく会社にくるな、と。 いい話のようだが、困ったことに氏の家の近くには親戚、友人もいる。まして近所の手前、大の男が家でゴロゴロしておれない。・・・・・
そこで朝九時に会社に行くふりするが行くあてがない。近くの公園もあきて、遠出する。鳥取へ、島根へ、愛媛へ、岡山へという具合で車上ホームレスになったという訳である。
長くなったが「さあ、出発だ・・・」ホームレスにやるインスタント・ラーメンも積み込んだ。車の中は以外に広くクーラー、ステレオも完備してある・・・・・
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