|
2007/02/24(土)
40年前の美観地区日記より。 五十五回
|
|
|
32 平成の縄文人ポン@
たしか昭和六十三年二月の初め頃、岡山の須藤君から電話がかかってきた。 実はこの男,ヤマギシ会の賛助会員で、その創設者・山岸巳代蔵の終焉地がこの岡山の興除村と教えてくれたのも彼であり、又、美観地区の川に飛びこんだ男、何時もフラフラしているから「時計」という東京のフーテンを俺が助けてやった所、この男とも友達で彼とは安保闘争の時、火炎ビンを投げあった仲だというのだ。 それに社民連代表の江田五月氏会わせてくれたのも彼の家だったという風に実に面白い奴なのである。
・・・・で今回は明日、倉敷のキリスト教会館でローリング・ドラゴン・キャラバンがやって来るという。
彼等は青森・下北半島での反核燃闘争を終え、高松で行われる「原発サラバ記念日」になだれ込む途中で、俺はその首謀者のポンこと山田塊也氏にどうしても会いたかったのだ。 何故なら彼はニガオエ師の先輩であり、彼の全行動に興味を持っていたからである。
翌日、早々ニガオエ商売を終えキリスト教会館に行って見ると、中にはロングヘアー、ヒゲ、ビーズ等々で着飾った若い男女で一杯だ。 美観地区でアクセサリーをやっているロク、ヒロ、ハニー、ガラス諸君の顔も見える。 受付では第十一回で紹介した「国際ヒッピー協会倉敷支部長」のアーチ君も実に楽しいそうにしているのには驚いた。
舞台では南正人とリバーの演奏に、山田魁也の「お祭りポン太」が目をさまし、すり足でスネークダンスをして見せ、その両脇で彼の娘の宇摩ちゃんと唯摩ちゃんがロングヘアーに。ピアスにネックレス、腕輪、足輪もしっかり付けてフリーソングとフリーダンスの乱舞をお披露目してくれるのである。
フリーとは自由、それは「勝って」ともいい、だからそいつは他人に教わるものではなく自分で編み出していくものだそうである。 ポンもそうだが二人の娘も陶酔境に浸っているようで、見ている者をどうしてもジェラシーに誘うのだ。
ちなみに宇摩ちゃんとはシバァ神の妃パールバティの別名ウマより、唯摩ちゃんは「世界が病むから、わしも病む」と宣言した唯摩居士にちなんで名付けられたらしい・・・・・
写真は若き頃の江田五月氏と酔っている私です。
|
|
|
|