美観地区から大道絵師のメッセージです。
箱の中でいくら立派な芸術活動しょうと、学ぼうと何等、この病的社会には不毛である。
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2007年10月
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2007/10/15(月) 倉敷にがおえエレジー 題64回
さてこの仕掛け人・山田魁也氏の故郷は飛騨高山で高校中退後、京都で友禅染めの画工を五年続けていたが、ある日、京都河原町で大きな衝撃を受けるのだ。

 それは睦ちゃんという両腕のない絵描きが口に鉛筆を加え似顔絵を描いていたのを目撃したからだが、それは山田氏自身「せむし」という障害の劣等感を秘めていたからだと思う。

 しかし、この時より彼は自分の肉体的なマイナスを、精神的なブラスに逆転出来るはずだという信念と、自分は特別に選ばれた天才なのだという自負心と、使命感が湧き上がるのだ。丁度哲人キルケゴールが「せむし」であった様に・・・


そこで彼は友禅染めを即刻止め、昼は天王寺美術館に通って石膏デッサンをやり、夜は京都で似顔絵を描き始めるのである。
 もう一つの衝撃は似顔絵にも馴れ、日本一周旅行も終え、新宿歌舞伎町に立った時である。
 彼自身フリークスを認識し、アウトロウと自覚していたから酔っ払いやチンピラヤクザ等の人間にはビクともしなかったが、ただ一群の若者達だけが彼を苛立たというのだ。それは髪を伸ばし、ヒゲを生やし、ズタ袋を肩にした彼等は高度経済成長と繁栄を否定し、その拝金主義と物質文明に反抗し、自然との共存共生と、意識の進化を目指して生きていこうとする流れであり、混沌の一九六0年代に端を発する、我国のニューエイジの覚醒と行動の発端であったのだ。

 「ヒゲの殿下」とアダナされていたナンダ。「新宿のランボー」と言われたナーガ。東京芸大出のクボゾノ等に洗礼を受け、東京・国分寺に「エメラルド色のそよ風族」長野・富士見に「雷赤烏族」鹿児島・諏訪瀬島に「がじゅまるの夢族」のコミューンを建設していくのである


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