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2006/07/21(金)
大阪市立美術研究所・雑感 49
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夕陽丘図書館の前身は旧大阪府立図書館天王寺分館であり、その母胎は大原社会問題研究所(現法政大学大原社会問題研究所)である。 夕陽丘図書館の歴史を語るとき、旧大原社会問題研究所との関係をひもとかざるを得ないので簡単に記すこととする。 岡山県倉敷の素封家、故大原孫三郎(初代倉敷紡績社長)は、大正8年9月、四天王寺末寺「秋の坊」の敷地を購入して大原社会問題研究所を設立した。 日本における統計学の先駆者で東京大学をある事情で辞職した高野岩三郎博士を所長に、後の文部大臣を務めた森戸辰男、経済学者の大内兵衛、久留間鮫造、櫛田民蔵等の優秀なスタッフにより、社会問題、労働問題等を科学的に研究し幾多の実績を残した。 @ 資料の充実 一般的な基礎資料を幅広く収集し、専門的な資料については大原文庫との関連上、従来どおり社会科学分野に重点をおき蔵書の特色を維持する。 A 市町村に対する補完サービス 昭和26年から実施してきた移動図書館車による巡回サービスを続けるとともに、この数年来活発になってきた家庭文庫、地域文庫に対する貸出を行い、地域における読書普及を図る。 B 児童サービス 内外の児童図書を収集し、児童に対する直接サービスを行うとともに府下公共図書館と協力の上、児童図書館員の養成と資質の向上を図る、また、研究者の実践研究の場として児童文化の向上と児童図書センターとしての役割も果たす。 (なお、この項目は昭和50年7月、児童室開室にあたり設けられた。) C 特許資料、科学技術資料の整備 従来、中之島図書館で収集してきた内外特許資料、科学技術資料は、技術研究者にとって貴重な文献であり特に外国特許資料は国内では特許庁資料館と当館にしか所蔵されていないので、有効適切な運用を図り、関西西地区の科学技術資料館としての役割も果たす。 D 身体障害者に対するサービス 肢体不自由あるいは視覚障害というハンディキャップを負っている府民にも、図書館のサービスはおよばなければならない。当館では、図書の「郵送貸出」および視覚障害者には「対面朗読」を実施するとともに点字による「新着図書目録」を作成する。 大阪府立図書館天王寺分館から引き継いだ蔵書は、大原文庫の約6万2千冊を含め約20万冊であったが、その後の熱意ある収集努力により、特許資料を除いて約65万冊に達した。 児童サービスは充実の一途をたどり、外国絵本の収集は約8千冊となり、府下市町村図書館は勿論研究者の方々からも高く評価されている。特に、英米の絵本は価値あるものといわれている。 特許資料、科学技術資料の収集・整理・閲覧サービスも多くの利用者から資料調査の利便性を讃えられ、西日本は勿論東海、関東からもわざわざ当館にきて調査する利用者も少なくなかった。 利用しやすい独特の整理方法は高い評価を受け、特許庁からも多くの職員が研修を兼ねて来館し、特許庁長官は着任するたびに視察された。 身体障害者サービスのうち、目の不自由な人たちに実施してきた対面朗読は、朗読奉仕者の資質の高さと豊富な資料を持つことにより、その評価は特筆されている。 一例を上げると、インドの村落共同体を研究する大学の教授は、その資料を求めて我が国の国会図書館や各大学図書館に問い合わせても所蔵していないため、インドヘ行って直接資料を探したが見つからず、あきらめかけていたところを大原文庫の目録で発見し、大原文庫のレベルに驚嘆された。 また、ある教授は、数年間にわたり東京から新幹線で当館に通い、その研究成果を上梓した。 この教授は、ことあるたびに大原文庫の貴重さ、重要さを称え、職員の対応に感謝の意を表された。 このような研究者はたびたびあり、全国各地の大学から文献複写の依頼は数えきれないほどであった。 利用者から感謝されることも多かったが、反面、苦情も少なくなかった。 閲覧席は学生の利用が多く大概満席で、一般の利用者から入館制度のあり方かを問われることも度々で、また、ここ数年、ホームレスの人たちが大変多くなり、利用者から多くの苦情も出てその対策に苦慮したことである。 多様化する府民の要望に、夕陽丘図書館が22年を有してやっと何とか応えられる態勢になってきたとき閉館となり、館名が消えてしまうことに一抹の寂しさはあるが仕方あるまい。 図書館の評価は、第一が蔵書量であり、二番目は職員の資質である。このことは一朝一夕に培われるものではなく、永い年月を要するものであったであろう。
今また大原孫三郎氏の偉大さが、歴史の中に光彩を放っているのに驚かざるを得ない・・・・
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