美観地区から大道絵師のメッセージです。
箱の中でいくら立派な芸術活動しょうと、学ぼうと何等、この病的社会には不毛である。
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2006年6月
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2006/06/14(水) 大阪市立美術研究所・雑感 S
 大阪美術研究所ではたしか春と秋に試験があった。各部ごとに一週間で仕上げて提出し、それを東光会、一水会などの日展系と行動美術、新世紀会などの革新系の先生方で点数をつけ、60点以上なら進級するのである。俺は相変わらず前期のままで一日の半分は喫茶店「瑠樹」でだべっていた。そこに西成あたりから俗にいうオカマさんも来て、その中の一人と急速に親しくなるのだが、三輪明宏に似た綺麗な人であった。そのイイオカ・マヨさんがおっしゃるのだ。「ヒヨコさん。やはり芸術でも、俳優でも、スポーツ選手でさえ、一流の方はヘルマホロダイトを持っておられるわよ、貴方もそれを少し触れた方がいいわね」とおっしゃるのだ。俺は前に家永先生より「筆致は凛とした不動の強 さと、繊細で棚引くような円かさの両面を具備していなければ駄目だよ。雌花・雄花の両性花、つまり両性具備を持つ花。その合着している上にお釈迦が乗っておられるようなデッサン・・・」と謎のような話を聞いていたから、何か触発されるものがあった。そんな折、ここの卒業生であった、加藤氏の「切り絵の世界」の個展を見にいったのである。題材は天神祭や岸和田だんじり祭り、法善寺や中之島公会堂などを取り上げていたがシンメトリーの美しさが、俺の感性に突き刺さったのである。

 加藤氏は1931年生まれの、これまでいわゆる定職に就いたことがなく、もともと絵が好きで、高校卒業後は大阪市立美術研究所に入り、水彩画などを学んだり、絵画に取り組む中、描くことの省略を重ね、たどりついたのが白と黒の明解な紙きりの世界であった言うわけである。後、氏は大阪きりえセンターが設立され、代表におさまり、多くの後進者を育てておられる。


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