明日も元気に笑おうね
NSPを想うmimiの個人的日記
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2006/05/31(水) まほろばはどこ?
一年の前半が今日で終わる。
本当に早く時間が過ぎる。
ついこの間まで「雪」「雪」と騒いでいたのに・・と思う。
この半年、今までにないような充実した日々を送れたことに感じるものがある。

戦友のブログで「まほろば」という言葉を見つけたので、彼が出張で留守の間に、失敬しようと思う(笑)

まほろば・・
日本語の美しさをしみじみ思う。
「すぐれたよいところ」という意味だ。
人それぞれに心の中にまほろばを持つ。
それは安堵を感じられるところ・・場所、人の存在そのもの、みつめる風景
あなたのまほろばはどこにありますか?
私のまほろばは海に、ブナ林に、頸城平野そのものに、この場所に…

♪裸足のままで海辺を歩く 少女のように僕の手引いて

  ・・・・
  
  入道雲が大きくなって 空を見上げる人も数々♪


NSPの中にもまほろばがある・・

2006/05/30(火) 礼子さんの命日
今日は友の命日
礼子さんが空へ旅立って8年たった。
私より10才年上の彼女は、生きていれば今年56才。
でも私の中の彼女はいつまでも48才。
私の方がまだ年下ね。優越感を笑いながらあなたに伝えたいのにな。
空の上から微笑んでくれているだろう彼女の顔が懐かしい。

子供が同い年。しかも誕生日が一緒だったことから、「同じ日に苦しんでいたんだね」と言うことが仲良くなったきっかけだった。
子供が2歳の時ご主人が亡くなって、以来女手一つで一人娘を育てていた彼女。
最初の乳ガンは完治したはずなのに再発。
そこからは坂を転がるように病状が進行し、最期脳にガンが入ってしまった。
彼女ほど死にたくなかった人はいないと思う。
一人娘を残さなければいけない無念は想像を絶する。

具合が悪いというので様子を見に行った時、
「再発しちゃった・・」と明るく告げる彼女の声が今も耳に残っている。
何回も手術に耐え、最期の最期まで生きようとした彼女の姿…

脳の手術後お見舞いに行くと「友(子供の名前)連れてきてくれた?」と私に聞く彼女。
連れてこなかったと告げると、とても悲しそうな顔したね。
そして一分後にはまた同じ事を聞く。その会話の繰り返し…
正常にものを考えられなくなっても、子供の事だけはちゃんと話せる彼女。
母の愛だけは最期まで正常だった彼女。
そう、死にたくなかったよね。
生きて子供を守りたかったよね。

昨年のバレンタインデーに亡くなったすみ子さんと、今日命日の礼子さん、そして私、3人で仲良しだったのに私だけこの世にいる。
空の上で二人は、私を見てお喋りの種にしていることだろう。
呆れている?
納得している?
頷いている?
二人がキャーキャー言いながら私を指さしているのが見えるようだ。
私は三人で遊んでいた頃より、気分が若返っているかもね。
あなた達ならきっと分かってくれるはず…

礼子さん、あなたが旅立って、8年もたってしまったのね…
あなたの微笑みを今日は胸によみがえらせて過ごしました。

2006/05/29(月) 今日のひととき
先日行ったブナ林の入り口に、茶屋がある。
その店のトイレに飾ってあった小さな掛け軸の言葉がとても良かったので、写させて頂いた。

☆*・'゜☆。.:*:・'☆'・:*:・'゜:*:・'

足元ばかり見ていたら

  行く先が分からなくなる

遠くの夢ばかり見ていたら

  足下の石ころにつまずく

だから休みながらのんびり のんびり

遠くを見たり 近くを見たり

 ゆっくり ゆっくり 今を楽しみながら

☆*・'゜☆。.:*:・'☆'・:*:・'゜:*:・'

休みながら のんびりしているのは私の一番苦手とするところだ。
だからつまずきやすい?
今を楽しむ心のゆとりが欲しい。

せっかちな私への教訓・・「ゆっくり ゆっくり」
ゆっくり今を楽しんでいれば、不安やとまどいは成りをひそめるのだろうか…

♪遠くの方ばかり 過去のことばかりより
  今のこのひとときを 大切にしよう
  今日の風 今日の風 北北東の風♪


今日の日を楽しむ・・
明日はなくても昨日もなくても、今日のひとときを大事にしよう。
ひとときを心の中にひっそりと焼き付ける。
忘れないように。
忘れないように。

2006/05/28(日) 明日の記憶
映画「明日の記憶」を観てきた。
若年性アルツハイマー病を取り上げた作品だ。
いつもは最初に映画を大きな外枠から眺めるのが常だが、
今日の観たこの作品は、最初から話しの内容にのみのめり込んでしまった。

同世代のアルツハイマー病。
人ごとではない。誰にでも発病する可能性がある。
まだ社会で第一線にいるのに、今までの自分が失われていくのだ。
社会人としてはもう成り立たない。
家庭生活もおぼつかない。
なによりも、忘れたくないものをどんどん忘れていく危機感。
覚えておきたい人達を忘れていく悲しみ。
どんなに、どんなに切ないことだろう。

家族のダメージはとても現実的なのであえて感想は書きたくない。
自分自身その立場になってみないと分からないことだろう。

しかし、愛する人が自分を忘れてしまう悲しみは分かる。
逆に自分が愛する人を忘れてしまうかもしれない悲しみも分かる。
そんなことが自分の身に起こったならば生きて行かれるのだろうか…
「病気だから」の一言で片づくほどの簡単な愛は持ち合わせていない。
愛すると言うことは熱く、深く、捧げていくものだと思っている。
愛する人達を忘れていく自分がこの先来たとしたら・・
私を愛してくれる人達が目の前で壊れていくとしたら・・

過去を忘れたならば、明日への記憶をたどる…
愛する人が自分を忘れたのならば、また1から愛してもらう…
この作品はそう語っている。

愛すると言うことは何も期待しないこと・・
何度も心の中でくり返した言葉を、さらに心に言い聞かせておこうと思う。
無償の愛・・
何も期待しない・・

♪忘れないで 幾度生まれ変わろうと 離さないで 強く抱きしめて
  忘れないで 命かけた愛の日を 離さないで永久の約束を   忘れないで きっと♪

2006/05/27(土) ブナ林
冬の雪の頃から見たいと思っていたブナ林。
新緑のこの季節、やっと逢いに行ってきた。

一歩林に踏み入ると、足下の腐葉土のマットがやさしい。ふわりふわりといくら歩いても疲れないのだ。

心に飛び込んでくる重なる樹のブナ・・
芽吹きだしたばかりの葉のなんと初々しいこと。黄緑がとても美しい。
ブナは背が高く、枝が広がらないため、樹が重なり合い葉が触れあっても陽の光を遮ることはない。
木漏れ日が葉の間から降り注いでくる。
とても優しい光に変わって降り注いでくる。
浄化された空気、木漏れ日、腐葉土、・・これらが生命の源。
生命に癒しを与え、育むブナ・・

手頃な太さの樹を見つけ腕を回してみる。
ブナの木の肌はすべすべではないものの、ほどほどのざらつきで心地よい。
木の肌は冷たいのに、何故か温もりを感じる。
樹の中に流れる生命の力がしっかりと伝わってくるのだ。
だからこんなにも温かいのか・・

寄りかかってみると、人の肩にもたれた時のような安堵感。
しっかりと受け止めてくれているのがわかる。
言葉のない樹なのに、その中に癒しの言葉を持っている。
黙っていてももたれかかった方の耳に確かに聞こえてくるのだ。
心臓の鼓動にも似た樹の生命の鼓動。

樹にもたれたまま数十分過ごしていた。
たくましさと優しさをあわせ持った重なり合う樹の癒しの力。
風に揺れざわつく葉の音色が、空での語らいのように耳に心地よい。
とてもとても逢いたかったブナの樹…
浄化された空気を吸った身と、癒された心が眠気を誘う。
樹にもたれたまま眠りに落ちたい…
樹の力に守られて眠る、もうそれ以上望むものは無い…

♪深いところで つながる夢を見る
  知らずに僕の 涙があふれ出す♪


また逢いに来ると告げて林を後にした。
癒しが必要になったらまた樹にもたれかかりに来る…

2006/05/26(金) 刻み込む
夕方、仕事帰りの恒例のドライブ。
今日も迷子になりたくて、あちらこちらへと村道、農道を走ってみる。
迷子になるには村道や農道はもってこいなのだ。
なんと言っても、道標が何もない・・
新緑の樹々の林、道ばたのカキツバタ、質素なのに何故か人目を引くシメジオン、ハルジオン・・
何もかもが春を主張して、生命をほとばしらせている。
ナビのおかげで帰り道を見つけ、帰路につく。

帰り道の途中、何とも言えないステキな光景に出逢えた。
あんまりステキで言葉が出ない・・・
じっと見つめていると涙が溢れてくる。
心に刻みつけて家路についた。

すてきな光景に出逢えたのに、その後寂しくなるのは何故だろう…

♪はぐれないように いついつまでも
  たしかな今の 時をつれて♪


刻みつけるには、刃物が必要なのだろう・・
刃物で傷つけられた痛みと引き替えにしてこそ、初めて刻み込まれるに違いない・・
刻み込むとはそう言うこと…

バラが咲き始めた。
その姿の美しさを手元に置こうとすれば、やはりとげで血が滲む…

2006/05/25(木) 美しい朝をさがして
合唱の練習でただいま猛特訓の曲がある。

「美しい朝をさがして」 作詞みやざき真弓  作曲鹿谷美緒子

♪美しい朝をさがして 静かに雨が降る
  景色が白くけむって かすかに人の影
  ふる雨は音もなく 静かにながれゆく
  ・・・・・
  美しい花を咲かせる 季節は遠いけど
  たしかにその朝は やってくる
  こうして歩き続ける限り♪


朝の情景を歌ったとても美しい詩だ。
今までは歌うことにばかり気をとられていたが、やっと詩を味わうところまで来た。

詩は読み手の心情によってどうにでも形を変えていく。
断定していない言葉の妙というものだろう。

美しい朝・・
私も探している。
今はまだしきりに雨はふっているけど、葉を濡らすしずくの粒をながめよう。
美しい花を咲かせる季節・・ほうとうに遠い。
そんな朝がやってくることを待ちわびる。
詩にもあるように・・歩き続ける限り。

2006/05/24(水) 魚になって2
学生の頃長期の休みには、三宅島の民宿でアルバイトをするのが常だった。
貧乏学生は「稼ぎながら遊ぶ」しかなかったのだ。

今から考えるとものすごい日々だった。
早朝港に着くお客さんを出迎える事から一日が始まり、民宿の仕事をしながら合間を縫って遊ぶ。
夜遅く帰ってきても、また朝の4時半にはお出迎えに出かけるのだ。
今ならとうてい体がついていかないような生活・・
若いと言うことはすごい事だ。

三宅島の海が懐かしい・・
透明度が高く、碧い海の底に魚が泳いでいるのがよく見えた。
海面を跳ねるトビウオの群れは目に焼き付いている。
トコブシが解禁な頃には少しだけ潜って採ったものだ。
潜りは得意ではないので短い時間だが、魚になった気分。
碧い海の中では人間を忘れ、太古に還る。
魚の時代だ。
魚になって・・
魚になって・・

♪もしかしたら僕を待っていたの 約束なんてしなかったけれど
  乗り遅れた君の青春は どれほど泣いても呼び戻せないんだ♪


太古の昔まで戻らなくてもいいけれど、
三宅島にいたあの頃に戻れるなら、戻ってみたい…
別な道を選んでいたならどんな展開が待っていたのだろう。

美しかった三宅島は今はもう無い…
海は今でも碧いのだろうか?
私という魚の影はまだ三宅島の海を泳いでいるのだろうか?
それとも海洋を泳いで、別な海で泳いでいるのだろうか…

2006/05/23(火) 魚になって
今日は・・「魚」・・という言葉をよく目にした。
私の好きな曲、「魚になって」を口ずさんでしまう。

♪今夜一つでたらめな夜を これから先はすべて忘れて
  闇の底で 魚に変わろう 乱れて泳いで 疲れて眠るまで♪



人魚姫は身を切り、人間に姿を変えて地上に立った。
歩くたびに激痛が走る。それでも王子様のそばにいたい。
Love is blind・・
女とはそういう存在・・
このお話のテーマだろうか。

人魚姫は魚? 人?
どちらでもないのでしょう。
海の底でも生きられることがうらやましい。
海の底で魚になってみたい。
朝の冷たい海を 昼の暖かい海を泳ぎ、
夕暮れ釣り人達がが現れるのを待つ。
そしてきらりと光る1つの釣り針をめがけて…。

2006/05/22(月) 言いたいこと
心の中に沸き上がる言葉をどのような手段で表現したら一番良いのだろう?

メール・・ 手紙・・ 電話・・ 直接話す・・ 
文字か言葉。
相手の状況にもよるし、多数に向けて発信するか個人に向けて語りかけるかでも違うだろう。
離れている距離にもよる。

しかし、どんな状況でもどんな束縛があろうとも、生の声が一番いい。
声にはニュアンスがある。5つ語れば7つわかってもらえる。
そして顔を合わせることができるのなら10わかってもらえる。

電話で話すとポロポロこぼれる言葉・・
会って話すと目で伝わる言葉・・
いずれにしても、気持をそっと置く。
私の言葉が伝われば何も言うことはない。

♪することなくて煙草を吹かし じっとしている部屋の中
  君からの電話が来ない 誰も訪ねてこない♪


私には電話をくれる友がいて幸せ・・
たくさん話を聞いてくれてありがと・・

2006/05/21(日) 雪どけ水
新潟上越に越してきてよかったと思うことの一つに、昼は山、その足で夕方海へ。そんな行動が気軽に出来ることだ。
今日はおもむろにその行動を実行して来た。

昼から妙高山中腹にある笹ヶ峰の「清水ヶ池」と「ドイツトウヒ林」を目指してドライブ。
山の麓は新緑のトンネルが続き、心と目にとても優しい。
しかし中腹ともなるとまだまだ芽吹きの頃・・
ふきのとうがやっと芽を出している。ところによってはまだ2メートルぐらい雪が残っている。
清水ヶ池までは雪上行軍をしなければならなかったので、行くのを断念した。
ドイツトウヒの林も昨日除雪が完了したらしい。
そのおかげで少し歩けた。
暗い木々がまっすぐ青空に向かってに伸び、まだ冬を抱えているまわりの景色とやけに溶け合っていた。
長く大きな松ぼっくりはクリスマスに使用されるが、それは秋の楽しみだ。
どっしりとした中に繊細さを隠し持っているかのような樹の立ち姿は、癒しの大きな手を思い出させる。
樹の息づかいを感じるには余りあるその姿に、自分のはかなさが情けなくなる。

今日は気温が高かったので、山の雪どけ水が、そこにここに溢れている。

♪雪どけ水はつめたくて 君の熱い心を冷やしたのか

  水の流れの激しさが 君の激しさをのみこんだのか♪


急な斜面では雪どけ水が激しく流れていた。
透明で冷たい水に手を浸して、私も少し心を冷やす。

夕方から海へ。
今日は釣り人で賑わっていて、以前の静かな海とは少し違う。
それでも夕陽の美しさは、いつ見ても変わらなく美しい・・

2006/05/20(土) 土地の人間
今日は夕方からオルゴールに行って来た。
久しぶりにマスターの顔を見ると心が和む。
いつもの常連のおじさん達との雑談も話が弾む。
新緑に囲まれ、珈琲を飲みながらの土曜の昼下がりはみんな気持がすがすがしくなるらしい。

我が家の山で採れる山菜の話しをしていると、マスターが
「mikaちゃん東京の人って思えないね、すっかり地元の人っていうかんじだね」・・と。
「よく、そこまで溶け込んだね。偉いわ」
と、お褒めの言葉まで頂いた。

「そうです・・
だって私はここに来るべくして来たのだから・・」
そんな言葉を飲み込んだ。

「朱に染まれば紅くなる」とでも言おうか。
覚悟を持ってこの土地に来て、今はここにいることが幸せなのだから、それはもう土地の人間なのだ。

オルゴールから帰って、出しっぱなしの五月人形をかたづけた。
今年は兜、鍾馗様に並べて、稚児人形を飾った。
実はこの稚児人形、私の分身なのだ。
結婚した時別居だったため、私の分身としてこの家に私が送ったものだ。
普段はしまっておくが、何かの行事の時に出すことにしている。
この人形も21才になったと言うことだ。
改めて分身を見るとやけに愛おしく、髪を丁寧になでてしまった。
来年、22才になるまでサヨナラだ。
年月の重みが、ズシリとやけに重く感じる。


♪人は黄昏年老いて 遠い想いに背を向けて
  歩き疲れ泣き尽くす
  誰の心を憎むより 悲しさ辛さ嘆くより
  僕の愛を受け止めて いいね・・♪


今日の雨は一日ぽつぽつで、五月雨というには風情はない。
それでも五月に雨が降れば、NSPの「五月雨」が口から出る。

2006/05/19(金) 嬉しいこと
夕食後、本屋と釣具店へプチ買い物。
今や釣具店も休日前は24時間営業らしい。
夜9時に行ったら結構混んでいる。時代はそうなっているのかと驚かされる。
黒鯛の釣り方など本を立ち読みしてくる。

本屋では、発刊を待っていたハリーポッター第6巻を購入。
ワクワクする心を抑え、息子が読み終わるのを待つとしよう。

帰宅後・・
とっても嬉しいことがあった。
心の底から無条件に嬉しいとは早々あるものではない。
でも、嬉しすぎて…
こんなにも嬉しくて…
胸を開いて見せたいほど嬉しくて…
どうしようもなく嬉しくて…

何がそんなに嬉しいかは…
まだ書けないけど、
ただ・・
ただ・・
嬉しくて・・

♪I'll sing my song 心のままに 歌い続ける僕の歌を
  I'll sing my song 胸の奥まで 入り込んでもいいかい♪


そう、胸の奥の奥まで深く染みこんだ…

2006/05/18(木) いろいろな想い
俳優の田村高広さんの訃報を今朝のテレビで知った。
噛んで含めるような台詞の言い回しがとても好きだ。
好きな俳優がまた一人亡くなった… 心が痛い…
ご冥福をお祈りします。


夕方釣りに行っていた夫が、鰆(さわら)を一匹持ち帰った。
鰆としてはほんとに小さいが、二人分のおかずとしては十分すぎる。
鰆は字のごとく春が旬の魚である。
ほのかな甘みと香り、食べた瞬間「春」という字が連想された。
日本の言葉は素晴らしいと改めて思う。
明日も夕方から釣りに行くらしいが、期待しないでおこう(笑)

我が家の庭は、庭と言うより畑と化している。
歩く場所がないほど旬の野菜が植えられているおかげで、その季節の野菜には事欠かない。
しかしありすぎるのも悩みの種なのは確かである。

自前の旬の食材を見るたびに、その昔自給自足の時代だった頃に思いを馳せる。
人が生きるために生きていた時代・・
生命をつなぐ食べ物の調達に必死であったことだろう。
悩みを抱える暇など無かったに違いない。

そんな時代に生きていたとしたら、今の私はどういう存在として生きるのか…
存在を許されるのだろうか…
存在価値があれば許されるだろうし、
その時代に存在価値がなければ抹殺されるのだろう…

♪エレーン 生きていてもいいですかと 誰も問いたい
  エレーン その答えを 誰もが知ってるから 誰も問えない♪
  −中島みゆき 「エレーン」−


生きていてもいいですか…
存在していてもいいですか…
ここにいてもいいですか…
誰か教えて。

2006/05/17(水) 眠り
今日はとても疲れた・・
いつもは精神のハイテンションが眠気に勝っているが、今日はだめ。
下を向くと瞼がが下がっていく。
合唱の練習でも、他のパートが歌っているのを目で楽譜を追っていると一瞬我を忘れる。眠っていたのだ。

出来ることなら安らぎの中で眠りにつきたい。。
心地よい音楽と薄暗闇だったら最高のシチュエーション。
ゆらりゆらりと漂よいながら、朝まで眠りにつけたらいいのにと思う。

毎夜BGMを流しながら布団にる。
そして、フーとため息をつくとその瞬間から眠りに落ちる。
一曲をフルコーラスで聴いたことがない。
それでも、安らぎを作りたくて音楽を流す。
そこに香りが加わればもっと良いのだが、好き嫌いがあるので難しい。
記憶の中の香りを思い出すことで満足する。
そんなこんなしているうちにあっという間に次の朝が来てしまうのだ。

私は短時間に爆睡するのが得意であるが、朝方見た夢はよく覚えている。
目覚めた時には気だるさが残るものの、安らかな夢はとてもとても嬉しくなる。

♪朝の最初の光が 窓を通して顔に触れ
  せっかく見ていた夢まで かき消してしまう
  ・・・・
  窓を大きく開けて 君に呼びかけてみる
  夜は姿を消して まぼろしの朝♪



戦友のブログでも今日のテーマは「眠い」だった。
たった今届いたメールにも「眠い」と・・
春の宵はそこにもここにも眠気が漂っているらしい。
誰も彼もが一番の安らぎの中で眠れますように。そう願う…

2006/05/16(火) のどかなる頸城平野
ここ新潟は米処。
あちらこちらで田植えが始まった。
まだ草のような稲の苗が、田んぼにツンツン植えられている。

ここ数日天気がいいので、田植えの傍らで、人々ののんびりした光景に出逢う。
あぜ道に腰掛け、なにやら楽しそうなおばあさん達。
子供をおんぶして田んぼのまわりを歩くお母さん。
軽トラに寄りかかり煙草で一休みのおじさん。
どこかで「モーッオ、モーッオ」とウシガエルの鳴き声。
池のまわりの木々は新緑の葉をまとい、水面がゆらぐところを見ると何かいるらしい。

そんなのどかな風景があるここ頸城平野・・
一瞬通りかかり、ちらりとその風景を見るために行く価値がある。

♪あたたかさの中に 大事に僕をしまってくれる
  きみに会いに行くよ うそじゃないさ
  笑って僕を迎え入れて お茶の一服 いれてくれるね♪


おだやかな、心温まる風景に笑顔で手を振り、今日はその場を後にした。
怪我した心には癒しの風景が何よりもの薬になる。

2006/05/15(月) おだまき
我が家の脇に人目に目立たなくおだまきの花が咲いている。
今が花の盛りではあるが、静かに、半日陰にひっそりと咲いている。

静や静 静のおだまきくりかえし

      昔を今に なすよしもがな


源義経の恋人・・静御前が、義経を慕って鎌倉八幡宮でこの謡を舞ったと言われている。

何とも言えず切ない歌…
おだまきの花を見るたびに、この歌を読んでみる。

「静、静と繰り返し呼んでくれた昔のように、今も呼んでもらいたい…」

こんな意味だろうか。

遥か昔も、今のこの時も人の心の想いは変わらないようだ。
我が家の脇で咲くおだまきも、こんな想いの歌を抱えているからひっそりと美しく咲いているのかもしれない。

2006/05/14(日) 今日の夕陽
今日も見た。
海に沈む夕陽…
でも今日の夕陽の風景はクリアではない。
厚い青みがかった灰色の雲間から、大きなオレンジの固まりとなった太陽が見え隠れしながら海に影を落としていく。
前に見たクリアな夕陽の記憶と交差する。

同じ日本海の同じ頃の時刻。
なのに今日見た風景は、前に見たものとは違う。
時が流れているのを思い知らされる。
こうして思い出が増えていくのだろう。
そして思い出には触れることが出来ない…
そんなことを想いながら、車窓から夕陽を眺めて手の甲を噛む。

♪淋しさに耐えかねて 公衆電話
  ダイヤル回す音 心に凍みる
  帰るよ 今すぐ 優しさ求めて
  帰るよ おまえに 安らぎ求めて♪


今はもう公衆電話でダイヤルを回すことなど無い。
それでも首からかけた携帯電話のふたを開けて、何もせずに閉じる。
こんな動作は詩的ではない。
ダイヤルを回すゆとりこそ行動のクッション。
そのクッションを欠く今の時代。
直感的な行動を抑えるクッションを作るのに、とても努力がいる。
「おまえが待っている五丁目二番地」には電話線はつながっていないことがクッション…

2006/05/13(土) 友人とのお喋り
今日の昼、友人と3人でランチ。
何でも話せる友達との食事は楽しいものだ。
いつもは夜一杯飲みながら・・なのだが今日は健全にランチと言うことになった。

でも…
話題は健全にという訳にはいかなかった。
友人の内のひとりの失恋話…
「ふられちゃった」
と切り出す彼女の言葉に、頷きながらかすかな微笑みしか返せない私。
話を聞いてあげるのが何よりもの慰めだと信じる。

♪ふられちゃったと 会う人ごとに 言い訳している自分が見える
  ・・・・
  ああ どこか心の隅で あなたの不幸せをのぞむよ
  ひそかに ふさぎこむあなたを
  ひそかに 願うのが 愛なのか♪



何年か前までは友人との集まりの話題は、もっぱら子供のことばかりだった。
もしくはお舅さん、お姑さんのこと。
しかしここのところ話題は違う方が多い。
40代半ば、女性は本来の自分を取り戻す年齢なのかもしれない。
自分が自分らしくあるために…
何を生かし、何を殺すか…
皆色々な道を模索している年頃の私たち。

2006/05/12(金) かくれんぼオニは誰
毎日の生活で15分楽しみなことがあると、残りの23時間45分も楽しく過ごせる。
生活の張りなんてそんなものだ。
普通に生活している時間の方が長いのに、
別次元の15分がとても大切なのだ。

音楽を聴く時間・・
ピアノを弾く時間・・
本を読む時間・・
食事の時間・・
電話をする時間・・
人と逢う時間・・

人それぞれに15分の使い方は違うだろう。
いずれにしても別な次元と言うことが大切なのだ。

裏の顔、別な顔というのではない。
私は全部表の顔。
ただ立っている場所が違うだけ。

今日の夕刻秋の空のような雲が流れていた。
春の景色には溶け込まないが、15分の間に眺めるには穏やかな風景で満たされた想いが広がる。

♪頬にキッス こわい顔 今でも分からない
  どこを越え 旅に出る 手遅れにならぬよう
  かくれんぼオニは誰♪


かくれんぼオニは誰?
私が隠れていてもちゃんとみつけてね。
隠れている間に、かくれんぼが終わっていることほど寂しいことはないから…
「みーつけた」と声をかけてもらうのを待っていた、
子供の頃と同じ気分の自分がいる。

2006/05/11(木) 人生の終わりに
夜、用事もかねて祖母の見舞いに親戚の家まで車を走らせてきた。
祖母は義理の関係ではあるが、20年以上付き合えば本当の祖母のようだ。
今はもう96才。あの世とこの世を行ったり来たりしている。
今自分の人生の終演を静かに迎えようとしているが、
特に病気という訳でもなく人間としての細胞が枯れきるのを静かに待っている。
そんな最期を待てるような人生を歩みたいものだ。

祖母が声にならない声で、私の手を握りながら言った言葉・・
「おまん、いい女だねゃ」
祖母は以前から口癖のように言ってくれるが、今日は特に心に響いた…
その言葉が本当だとしたらこんなに嬉しいことはない。
そしてもう一度祖母の口から聞くことができるだろうか…

道中暗闇の道の横は田んぼ。
もう蛙の合唱が始まっている。
あまり美的ではないが、季節を感じるのには十分である。
少しつめたい風が心地よいので車の窓を開けようとしたが、
車内のお気に入りの香りをとばしたくなかったので窓を開けるのをやめた。
そのかわり音量を上げてNSP「冬の時代」を聴き入る。

夕立のあとで
♪苦しいときに頼りたい 女(ひと)ががひとりいたはずさ
  あなたにとって重荷でも 何故にきずかぬふりで
  誰でも心に 描いている夢がある
  かなうはずのない夢を抱いて生きる♪



春なのに冬の時代を聴き、初夏に繋がる「夕立あとで」を聴く。
このアンバランスが何故かとても良かった。

2006/05/10(水) あふれ出たもの
高田は今日とても暑かった。
しかしまだ湿度が低いので、過ごすのは苦ではない。
それ以前に最近新陳代謝が悪く、汗をかかないので私自身はあまり暑くないのが問題なのだが…
以前スペインへ行ったとき、日向は40℃ぐらいあるのに日陰は涼しかったことを思い出す。
夏の高田は湿度が高い。
これからますます海風が恋しくなる。

今日の合唱の練習で先生がおっしゃったこと。

「音楽をするのには愛や優しさをいっぱい持っていなくてはダメなんだよ。技術は二の次。自分の中に優しい気持ちをあふれさせて、それを放出してよ。大事なのは心の表現だからね」

とても深く頷いて聞いていた。
愛をたくさん持っている自信はある。持ちすぎているくらいだ。
いつもそれをあふれ出しすぎないように気をつけているが、
音楽というフォルダの中へは注ぎ込んでもいいようだ。
何事にも心が大切。
音楽を通してなら心の表現が許されるらしい。・・と、自分勝手な解釈と分かっていながらあえて知らんぷりする。

今夜は一人、少し暑めの気温にけだるい曲が似合う。
NSPの「星も月も草も街も」の3連符のリズムがいい…

♪ああ この胸で揺れて ああ僕の愛を少し
  ああ この胸で好きなだけ揺れて
  そしてもう一度 やり直そう♪


この胸で揺れて  この胸で泣いて・・
こんな想い溢れた言葉は平素なかなか聞かれない…
こんな言葉を聞いたら、その胸から離れられなくなってしまいそうだ。
さすが天野節と感嘆する。

2006/05/09(火) 新緑の頃
仕事帰りのいつものドライブコース。
今日の景色は少し前とは全然違うことに気が着いた。

草が黄緑に萌だし、田には水が張られ田植えの準備。
田んぼで仕事をする人達の軽トラがそこにもここにも。
冬には裸で寒そうに立っていたはさ木も、黄緑の葉をまといはじめている。
夕方だというのに陽はまだ高く、西に傾きだした太陽だがまだまだ力強い。
景色全体が黄緑に染まる今・・
春から初夏へ向かう今・・
万物にエネルギーが満ちているように見える。

そんなプラスのエネルギーとは裏腹に、寂しい曲が頭に流れる。
「新緑の頃、君に語りかける」・・NSP天野さんの作詞作曲。

♪誰もがいつか 悲しみ受け止めて
  神秘の森へ 一人で帰るだろう
  新しい緑が枝に輝く頃 毛並みの良い猫が 君に語りかける♪



「朝には紅顔ありて 夕べには白骨と化す・・」
この言葉をいつも心の根底に貼り付けてある。
人とはそう言う無情な存在と教えられた言葉。
明日があるとは誰にも断言できない。
今日一日を過ぎれば、確実にあちらへ一歩近づくのだ。
だから後悔の無いように日々を過ごしたい。
不確かな未来より、今日の温もりを感じたい。
だから私は…
だから私は走ってしまうのだろうか?

新緑の頃に限らず、青葉の頃も、紅葉の頃も、ずっとずっと君に語りかける…

2006/05/08(月) 喫茶店
すてきな写真を頂いた。
思いがけなかったので、とても嬉しかった。

その中の一枚。
渋谷にある喫茶店「時間割」・・
NSP天野さんと繋がっている、
NSPファンには意味のある喫茶店である。

♪緑の扉に銀の縁 坂道の途中のこの茶店
  ・・・・
  今までの君との出来事が とても色あせてしまうじゃないか   今始めて知ったけど そんな思い出を隠していたなんて♪


喫茶店とは不思議な場所で、そこにいる人の数だけドラマがあり展開を始めようとしている。
珈琲を挟んで目と目を合わしていると、普段は言えない言葉が口をついてでる。
言い出せない想いの言葉・・
言い出せない別れの言葉・・
心の扉になるような喫茶店にめぐり逢えたら、
もうそこからドラマが始まるのだ。

私がよく行く「オルゴール」もそんな喫茶店。
自分のドラマを小出しに見せながら、珈琲をすする。
そしてもう一つ「コスタリカ」・・
ここには始めて書くかもしれないが、ここにもよく行く。
静かに流れるジャズが心地よい。
ここに一つの席がある。
何気なく過ぎていったことも、
後から大切な思い出に変わることがあると知る。

2006/05/07(日) SUNSET
すてきな音源を聴いた・・
Tigaの【Moon&Sunset☆】。メンバーのtomoさんが演奏しているハーモニカの曲。
とても切なく響く・・

私の大好きな海に沈む夕陽を思い出す。
1日の終わりを静かな吐息と共に海に沈める。
少しずつ、少しずつ…
太陽の影が大きくなり始めると、最後に暗いオレンジの光を放ち急ぎ足で海に沈んで行く。
そして迎える月の影…
まだ紫が残る空に白く現れる。
そこからすてきな夜が始まる。
Moon&Sunset☆・・この曲の中にすてきだった日の風景を閉じこめる。
大切な曲になった…

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【Moon&Sunset☆】
http://tigatomo.seesaa.net/

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娘を送って軽井沢まで行って来た。
軽井沢に行ったのは25年ぐらい前のこと。
あまりに変わってビックリした。
昔のような避暑地のイメージはなく、駅前に並ぶアウトレットのショップのすごさ。
今度ゆっくり歩いてみようと思う。

2006/05/06(土) 好きにならずにいられない
私のサッカー好きは知る人ぞ知る・・
アルビレックスがJ1になってからは熱も少し冷め、以前ほど熱中はしていないもののサッカーと聞くと血が騒ぐ。

今日の新潟スタジアム ビッグスワン
新潟アルビレックス対清水エスパルス 観戦に行って来た。
試合結果は4対2で我がアルビレックスの勝利!

今シーズンに入ってからは、初観戦である。
新潟市に住んでいたときはホームゲームはほとんど行ったが、高田に越してきてからは遠いいため足が遠のきがちである。

アルビレックスのトレードカラーはオレンジ。
ホームゲームになるとスタジアム全体がオレンジに染まる。
私もその中の一人。
声を尽くしての応援。拍手。
照れもなく大声で応援し、ゴールが決まれば立ち上がって喜び、歌いながら、振りもする。
そのようにスタジアム全体で応援しているという感覚がいい。

同じ想い、同じ時間、共有する空気・・
そこから来る仲間意識・・
音楽でもスポーツでも同じなのだと気づいた。

私は何でも頑張って進もうとする人達を応援するのが好きらしい。
自分でも進みたいのだが、いろいろなことにセンスがないので夢を託すのだ。

試合開始直前選手入場の少し前になると、タオルマフラーを掲げ、プレスリーの「好きにならずにいられない」を皆で歌う。
アルビレックスサポーターの儀式である。

♪Take my hand, take my whole life too
for I can't help falling in love with you.♪


好きなならずにいられない…
そんな気持はそうそうにあるものではないけど、
一度つかまればどこまでも落ちる。

2006/05/05(金) 誕生日と菜の花
今日はNSP天野さんの53才のお誕生日・・

♪La La La・・・ Happy birthday to you 賑やかに バースディ
  La La La・・・ Happy birthday to you 君がいない バースディ♪
 
  
天野さんの歳は止まってしまったかもしれないが、
私たちがNSPを想い続けている限り、天野さんはいつまでも私たちと共に歳を重ねるに違いない。

天野さん、お誕生日おめでとう。

ネットラジオHANANCHIは夜10時〜12時までNSP特集。
こうしている今、ネットラジオを聴きながら最高に満たされた時間を過ごしている。

こどもの日の今日、長野飯山へ菜の花を見に行ってきた。
満開にはもう一息。
それでも菜の花畑と千曲川、山々が一幅の絵になり春の景色としてはこの上ない。
ここは唱歌「朧月夜」が生まれた土地であり、
私の大好きな映画「阿弥陀堂便り」のロケ地でもある。
素朴な黄色の小花と黄緑の葉の群れは、春のうららかさを思う存分語っている。

その中を一人で歩いていると、菜の花に包まれている喜びでいっぱいになると同時に、
もしできるのなら・・と想いよどむ心に気づく。
そして打ち消す…

2006/05/04(木) 余韻にひたりきって・・
待っていた期待が大きくて、楽しければ楽しいほど、その後は寂しくなる。

現実から逃避行の1日は全てから解放され、自分のためだけの時間…
すてきな人達との出逢い、再び逢えた喜び、同じ時間を過ごし、同じ空間にいる幸せ・・
そんな満たされた想いの1日はとても早く過ぎてしまう。
昨日の1日が思い出に変わる前に、再び訪れることを願う・・

♪束縛されない 時間を食べて 時計の針を忘れてしまおう♪

時計の針を忘れられるものなら忘れてしまいたかった・・
シンデレラのように時間が来ると魔法は解けてしまう…
魔法?
いえ、確かに手の中にあった本当の出来事。
何回でも思い出し、その都度心に刻み込む。

昨日のフィルコンでNSPアルバム「冬の時代」を購入。
その中の一曲「魚になって」のレトロなメロディーがとても切なく、一日中頭の中で響き渡る・・
当分この曲から解放されそうにない。
♪今夜一つ でたらめな夜を これから先は・・・♪

2006/05/03(水) 新潟フィルムコンサートの日
今日は私のこの日記を始めてからちょうど150日目らしい。
数えてくれたKさん、ありがとう。

今日は待ちに待った新潟フィルムコンサート。
天気にも恵まれ、気分良く音楽文化会館へ。

めぐり逢いはすべてを越えて・・
いつも思うのは同じ気持ちの仲間との出逢い。
これに勝るものはない。

幸せな1日、これ以上は言葉にすると消えてしまいそうで語れない。
また後日… 

2006/05/02(火) 八十八夜
♪ひきだしの中からあの人の写真 みんな棄ててしまったはずなのに
  それはもう黄ばんでしまっていて 泣き顔か笑い顔か分からない
  ・・・
  もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる♪


今日は八十八夜・・・
私はお茶はほとんど飲まないが、八十八夜の響きに昔を思い出す。

−Gへ−
ひきだしの奥からあなたのの写真を撮りだしてみました。
歌のように黄ばんでいるどころか、現像した頃のままです。
今のあなたはどんな様子か知らないけれど、私はとても若くて…
今とは少し違うみたい。
同い年のあなたも、たぶん写真とは違っているのかしら?

あなたの優しさはいつでも心の支えでした。
それに甘えてばかりいてごめんなさい…
今はどこでどうしていますか?

私は今、あなたのとても良く知っている街で暮らしています。
縁とは不思議なもので、よほどこの街に縁があったと見えます。
あなたがよく話してくれた公園も食堂も、すぐ近くですよ・・・

今あなたに伝えたいこと・・
この街に来るきっかけを作ってくれてありがとう。
あなたとは違う人と来ることになったけれど、街は何故か同じ・・
不思議ね。
そして・・今とても幸せな気持ちでこの街にいます。

あなたの顔は写真を見なくてもよく覚えている。
もしどこかで見かけたら、笑って肩をたたくわね。
「ありがとう」の一言を伝えたいのです。


♪明日のチケット押さえたし いつも いつも いつもどおりさ♪
明日のフィルコンはは無事行かれそう。
何事もなく5月3日を迎えられそうなことに感謝!

2006/05/01(月) 待つ時間の楽しみ
車を止めるとフロントガラスが雨に濡れて前が見えなくなる

そこから始まるすてきな時間

待つ…

こちらから近寄る訳でもなく

あちらから来る訳でもない

その時まで時間を後ろに流す

ほのかに揺れる影が見えるまで待つ…

確かに訪れる瞬間を心待ちに

待つ…

♪もしかしたら僕を待っていたの 約束なんてしなかったけれど
  乗り遅れた君の青春は どれほど泣いても呼び戻せないんだ♪


半年近く待った・・
5月3日はもうすぐ・・


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